学校法人 大川学園
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トピックス

三重大学での久々の講義

621日、三重大学で1640分から90分授業を担当した。今回は、“日本理解特殊講義:三重の歴史と文化”のゲストスピーカーで「三重の食文化」との題をもらった。三重大学での講義は、人文学部のち生物資源学部で延べ19年間続いたが、この5年間は空いていた。久しぶりに訪れると、歩道も教室も随分明るく、機器も揃って、学びの殿堂環境を良くしていた。

担当の永野聡先生の巾の広さからだろう、聴講生は24名だが他大学からも参加していたようである。私は、律令からの四つの風土の違いによる国分け、鎌倉文化の成熟と簡略の伝播と東西混淆文化、太古からの伊勢神宮詣でによる情報の集積地、自然界の北限と南限の重なった地、こうした中で育まれた質素だが豊かな三重の特殊で面白い姿を、普通の人々の大正時代から昭和初期の食生活から少しでも伝えたいとの思いで映像を使って語らせてもらった。彼ら彼女らが今日の講義を聴講して、どのように三重を捉え、何に興味や関心を抱き、何に疑問を持ってくれただろうかと思いつつ帰路に就いた。

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カモシカ特集の県総合博物館(MieMuみえむ)

 “きて・みて・さわって カモシカ☆パラダイス”と題した展示会が平成29415日から三重県総合博物館で開催されている。2007年に閉鎖された御在所岳山頂にあった世界唯一の“日本カモシカセンター”の貴重な資料は標本も含め県総合博物館に寄贈され、これをベースに全国の博物館等の協力を得ての企画展である。内覧会での館長挨拶の「観光と科学を融合するセンターの役割」にそれが良く現れている。

今回の企画担当田村学芸委員の説明を聞きながら会場を回った。ふと、作家の故立松和平氏を御在所岳に案内したとき、湯ノ山温泉を出て暫くの山中で出会ったカモシカのことを思い出す。月刊登山専門誌『岳人』に連載の「日本百霊山」の頁に、その時のカモシカを載せてもらった。

さて、今回の企画展には、多種な剥製や骨格、歯で作った古代の装飾の垂飾、そして歴史書等の文献、子ども達用の遊んで知るコーナーもあり、幅広い層に興味が持ってもらえる企画となっていた。

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ロータリークラブの旅

平成29年4月2日、津南ロータリークラブで復元されたばかりの名古屋城本丸御殿を訪問した。資料が沢山残っていたことから忠実に復元できたようで、実に重厚感に満ちた雰囲気充満の部屋部屋であった。

金銭の問題を省けば、木造で本丸も作りたい名古屋市長の気持ちは良くわかる。津城復元をふと思うと、代々の市長や議長がその気にならない限り激論にならず、ひとごとで前には進まないと感じてしまう。それはさておき、場内の桜は34分咲き。天守閣は徳川園とセットで、外国の方が見えるたびに訪れているため、今回は初めて桜の向こうに城を眺めながらゆったり陽を浴びさせてもらった。

昼食はキャッスルホテルでのコース料理を満喫。天候にも仲間にも恵まれ、時間も今日はゆったり流れ、実にありがたい1日となった。

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県女子会

 県農林水産技師女子会が「MIE職員カアワード グッドパフォーマンス分野 グランプリ」を貰ったお祝いにと、37日に誘っていただいて出席した。

昨年、三重県の郷土食の勉強会を開くと講師に呼んでいただいた縁である。90分の講義を3回、しかも民俗調査まで含むハードな内容とした。「三重県農林水産業を何とかしたい」との思いからが出発点という。勉強会は、広く庁内に呼びかけ、毎回男性710名ほども含む30名ほどが参加していた。その後、県庁内食堂の協力も含めてのユニークな会の取り組みが認められ受賞となった。

 宴には吉仲農林水産部長・同副部長・魚国の調理長ほか男子6名を含む15名・・最後は、今年度で定年の吉仲部長への感謝の花のプレゼントで閉めた。紀州の長永丸直営の“ほっと肴酒屋 おかえり”の新鮮でおいしい魚づくしの料理と温かな雰囲気が素晴らしい宴であった。

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5回目の「錦生家庭料理大集合」

平成29219日、名張市錦生地区で今年も「家庭料理大集合」の企画がなされた。この地区には5年目のお手伝いである。まずは私から県内の郷土料理のそれぞれの地の違いを話させてもらった。それぞれの地区の人々は何処でもあまり変わらないと思われているが大きな違いがあり、これが「文化だ」と知っていただいた。5年前に私は初めてこの地区を訪れて、里芋・大根・人参・豆腐の入った白味噌汁仕立ての雑煮に入った焼き餅を出して、別皿の黄な粉を付けて食べる奈良県西部系雑煮、のっぺい汁や五目まめや歯固めのかき餅等この地域独特の文化を知ったことも語らせてもらった。最後に、配布した地域調査資料で、是非記録をと閉めた。

料理大集合では、今年も40品以上の料理が出品され、出品者一人ひとりから思いや料理について語っていただき、のち、集まった50人ほどで試食。試食会後、三重大学の磯部教授からの健康管理のための日々の食事についての講義がなされ、解散となった。

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NPO法人良い食材を伝える会のフォーラム

1017日、全国各地からの参加者によるNPO法人の勉強会が、伊賀にある“モクモクファーム”で開かれた。

1430分フォーラム開始で、私は50分の持ち時間で“三重県の食文化”を話させていただいた。三重県の話の他の担当は、“嬉野大豆復活と豆腐”を野瀬岩朗氏、“自然とともに”と題し坂本幸氏。私たちに先立った挨拶はモクモクファーム社長の松尾尚之氏。

この会は、料理研究科の辰巳芳子氏の呼びかけで、当時NHK解説員の中村靖彦氏を代表理事として1991年春に発足し、『日本の地域食材2015年版』を出している。今回は、三重調理専門学校の卒業生で県のさまざまな食の分野で活躍の田中ちか子氏が企画・運営ゆえ引き受けた。さらには、以前、服部幸應先生が「オリンピックの各国の事前合宿も含め、農業のオーガニック化を日本は本気で進めなければならないがこの遅れが問題で・・・」と話された時、NPO法人の名を言われたが、これがこの法人ではと思い出して検索したところ服部先生が理事に名を連ねてみえ、このご縁も感じて出させてもらった。

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全国レクリエーション大会

923日、「全国レクリエーション大会in岐阜」の開会式が、市内の岐阜メモリアルセンターで愛ドームで行われ出席した。この協会は、日常生活の中で、全ての人の権利として“スポーツを楽しむ社会”を目指している。「楽しさ」「笑顔」「夢」をテーマに、誰でも楽しめるスポーツとして、競技スポーツと根本的に違い、県民・国民にとって車の両輪の役割を果たしている。

開会式およびレセプションに参加して感じたのは、岐阜県の役割である。お金作り協力と人を出しているだけでなく、42の市町村が38種目の会場をもれなく引き受け、公立小中高等学校も協力し、10万人を越える規模のスポーツイベントとして岐阜県レク協会と共催の元で進行させている。

昭和40年代は三重県と岐阜県は何かにつけて競っていたが、残念なことに今回の催しだけでなく、多面にわたり50年の歳月を経て詰められぬ差を感じる。そして私の役割はと考えた時、この差を埋める即効力は無いが、Think globally,act locally(広い視野に立って物事を見、自分の地域で、自分のできることから行動を起こそう)だろう。三重県レクリエーション協会でいえば、競技団体や市町レクリエーション協会そして課程認定校の力を借りての活動を強く心に誓うことになった。

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久居相川地区の“あいかふぇ”でマジック

今年は何故かマジックを頼まれることが多い。以前にも触れたが、幼稚園の誕生会で高校生のときに覚えたギターで童謡の弾き語りをしていたところ、35年ほど前、子どもから「またギターだ」の一声があり、密かに練習に励んで習得したのである。最近、幼稚園のほか調理や介護の専門学校の卒様式で時として披露している。今年は全国料理学校協会総会、今回のNPOそして鈴鹿山岳会秋山登山時と続く。今回は津市久居相川地区で毎月1回集ってみえる、NPO主催の“あいかふぇ”での「マジック」である。

このNPOとのご縁は、三重介護福祉専門学校の立ち上げ時から協力してくださっており、三重県レクリエーション協会を実質立ち上げた、現副会長である鈴木寿子先生の半年前からの予約であった。介護の卒業式で披露したその場で決まり、821日に実現である。多くの高齢者に混じって40代のご夫婦やボランティアでお手伝いする小学生3人、そこに50代から60代の10幾人かの世話人で、年齢層が幅広いだけでなく、柔らかな雰囲気があった。参加費は、コーヒーを始めとするドリンクとお菓子代の100円と聞く。異年齢が大勢集って、毎月2時間程の楽しい団欒が持てることは実に素晴らしい。

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服部美法さんが久々の出版

728日、四日市駅西の山画廊で、シリーズ『もりのちいさなはいしゃさんⅢ』(山画廊)を出版し、併せて原画や最近の絵展が同画廊で開かれているので訪れた。20年ほど前、初めて服部さんの絵を見て、三重県内の若手で“夢に溢れる魅力的動物画を描かれる”衝撃を受け、魅せられた。

私は幼稚園の園長になったときから、誕生会で園児たちの好きな歌をギターの弾き語りで子ども達と一緒になって歌ってきたが、30年ほど前からはこれに動物漫画の挿絵を描いてきた。過去のブログでも書いたが、私も絵を描くのが好きで長年描いてきたが、服部さんの絵には、私には描けない理想の夢の表現がある。

今は絵本作家として、創作絵本のみならずワンダーブックやチャイルドブックといった幼児向け雑誌や、百貨店のカタログ等の絵まで担当して活躍されている。今回は、絵本『おふくさん』のモデルと鬼モデルの5コマ漫画を初めて絵の具で描いたものも出ていた。伊勢型紙手法で描かれたものと比べると、感じが柔らで楽しい作品になっていた。

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服部先生がフランスからの勲章受賞

72218時から、服部幸應先生の「レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ受賞祝賀会」が開かれ参加した。会場のパレスホテル東京4階山吹他の会場は満席。NHK大河ドラマでも語りを担当したかたりすとの平野啓子さんの“春はあけぼの”でオープニング。フランス大使館経済部農事参事官がメッセージを、そしてサーブルドール騎士団のシャンパン担当での乾杯と続いた。

キッコーマン㈱取締役名誉会長の茂木友三郎氏が発起人、以下発起人80人にはパリ日本文化管長の磯村尚徳氏のほか長島茂雄氏の名前もみられる。食文化に関してはフランスを始め海外交流の日本代表であり、日本にあっては「食育基本法」成立の中心だっただけに、高市早苗大臣や安倍首相夫人の祝辞と華やかな会となった。

服部先生とは30代後半からの付き合いだけに嬉しい限りである。

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サミット警備用弁当と大川幼稚園児・・新潟からのメール

 平成28525日、三重県に警備にみえている新潟県警の方の奥様から、「けいびのおしごと がんばってくださいとのメッセージと園児の皆さんの笑顔の写真付き弁当・・中略・・主人は先月から家族と離れて三重県に滞在しています。・・中略・・写真付きの可愛らしいメッセージに主人は喜び、新潟に居る私たち家族も温かい気持ちになりました」とのメールをいただいた。サミット警備関係者用に出された弁当に、少しでも辛苦をやわらげたいと大川幼稚園児のメッセージと笑顔の園児たちの集合写真が載ったのである。奥様からの二度目のメールに、「お弁当の蓋は、記念に主人が持ち帰ります。サミット終了後、我が家に飾らせていただきます」と記されていた。ご主人が奥様に、奥様から幼稚園への温かく嬉しいニュースである。

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奈良国立博物館で信貴山の田中貫主が講話

 近鉄奈良駅から春日山に続く道は、津市と違って伸びやかに育った緑の並木道で気持ちよかった。修学旅行の時期なのか中学生が多い。旅行者の白人系外国人はまるで鹿とセットのよう。やがて奈良国立博物館に到着。

博物館では、49日から522日の期間、「国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」が開催されている。510日、「信貴山の毘沙門天」のタイトルで田中真瑞千手院貫主の講話企画が有り、二上僧正と待ち合わせて拝聴しに訪れた。田中貫主は、高野山大学山岳部OB会の仲間であり、大川学園の理事でもある。一方展示だが、私は国宝“信貴山縁起絵巻”1巻「山崎長者之巻」は以前拝見したが、まだ合えぬ「縁起加持之巻」と「尼公之巻」の2巻が今回展示されているとあって期待して訪れた。何れの絵巻も、躍動感溢れ、漫画的手法で不思議で豊かな表情の人々が描かれ、興味の深みにのめりこませてくれた。幾体もの秘蔵の毘沙門天像や、法隆寺所蔵の聖徳太子関連文書そして聖徳太子童形坐像等と、さすが国立博物館と思える見応えある展示であった。

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錦生地区の食文化継承

平成28327日、名張市の西方、錦生(にしきお)自治会主催の「第4回家庭料理大集合」という料理出品とその試食会企画が開かれた。NPO法人赤目の里と自治会の連合で3年間続け、今年度は自治会単独事業となったものである。私は当初より1時間ほど講演をさせてもらっての参加だが、この地区には今失われてきた大事な面を幾多教えられる。

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 冨山自治会長は、「食べることは身体と心をつくるための基本として位置づけ、食を通して家族や地域の絆を強め、さまざまな文化を伝えていくことが目的」と語られる。今回は35品の出品で、中には4代前のお婆さんから伝わる料理を出品された方もみえる。今回も70人以上の地区民の集まりとなった。

3回の大集合はカラー版料理とそのレシピ集として発刊された。昨年12月、イタリアをはじめ11ヵ国の日本料理研究ツアーの方々がこの自治会を訪れた際、1部英文とし『Nishikio Nabari Home cookig』のタイトルで冊子を渡している。

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全国グルメピックで陳建一先生名の表彰状

平成2822324日、東京で第31回調理師養成施設調理技術コンクール全国大会が開催された。ここに出場するには、ブロック大会で先ず篩いに掛けられ、これを突破しなければならない。予選通過だけでも、難関である。

 三重調理専門学校学生は、4人が突破できた。日本料理の藤井悠汰君、西洋料理の上村由佳里さん、そして中国料理から西澤悠さんと小西渚生君が東海北陸地区7県の代表となった。

全国大会初日はそれぞれの分野の基本課題での調理技術審査、翌日は材料指定の上、金額と時間が決められた応用での作品制作である。業界を代表するシェフ陣の審査を経て、西澤さんは見事に3位の“公益社団法人 日本中国料理協会会長賞”を獲得した。会長名は憧れの“陳建一”とあった。あとの3人もそれぞれに頑張り“服部幸應”名の“大会会長表彰”をもらった。全国27,000人の調理師養成施設調理師科学生の頂点に近い成果であった。

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18歳以上の若者が参政権問題のワークショップ

 平成28223日、大川学園5階ホールで“選挙権年齢が18歳以上に。inワークショップ”が開催された。FM三重の呼びかけで、リスナーである大学生や一般の方に混じり三重調理専門学校の1920歳の学生も一部参加した。これは総務省と公益財団法人“明るい選挙推進委員会”が主催したもので、FM三重のアナウンサーが司会進行、40名ほどの若者の勉強会のようになったため、私は写真だけお願いした。テーマは、1)選挙に参加するとは、2)政治とは何を、3)模擬投票4)グループディスカッション等を中心に進められたようである。さてどのように参加者は感じたか・・後日聞くことにする。

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平成28年の新年の始まり

15日、津商工会議所主催の“第30回年賀会”が津市のセンターパレスホールで開かれた。津市をベースに日々努力している経済界が集う年賀で、450人ほどが集った。商工会加盟企業だけでなく、市は言うに及ばず県都ゆえ県関係者や自衛隊の姿も大勢である。会は、何時もながら青年部の“元気玉“太鼓で始まる。そして三交グループホールディングス株式会社代表取締役で、三重県と津市の商工会議所会頭の岡本直之氏の挨拶へと続く。何時もながら説得力あるお話をされた。明日は、大川学園の年頭所感を語らねば成らないとフト感じる。

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大川学園70周年記念式典を終えて

 112日、学園創立70周年記念式典を津都ホテルで催した。大川学園は、私が4歳の昭和20年晩秋、持ち寄った服や布で暖かい服を作り、寒い冬を乗り越えたいという婦人会の方々の願いから生まれた。以来、今日までご縁をいただいた皆さんの助けで、この歳月が歩めた。

鈴木知事や前葉市長、そして川崎及び田村両国会議員からの温かみ溢れたフレンドリーな祝辞に、来賓席の両サイドに陣取った教職員も感動した。私が嬉しかったのは、大学時代の恩師である宮坂先生の奥様が長野県の岡谷市から、幼稚園開園時から幼児の体育指導を親子2代で続けてくださっている長谷川先生が白馬村から、ともに高齢でいらっしゃるのにお越しくださったことである。そして私の人生に刺激をくださり、学園を支えてくださった150人の来賓の皆さんの言葉掛けにひたすら感謝であった。

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今回は教職員が全て企画・運営をしてくれた。その学校法人側の60人が集まり、レセプション後の1430分から同ホテルで食事会を開いた。最後のお礼の言葉の時に、皆の笑顔を見渡し熱いものがこみ上げ、不覚にも涙があふれてきた。小さな10部門程の集合体の学園で、日々起こる課題を乗り越えてくれている若い教職員の笑顔が眩しかった。

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神嘗祭に内宮へ奉納22社

 1016日朝8時半、内宮で22170人が参加しての奉納行列が宇治橋を渡り始めた。今回で7回目、三重大学 渡邊 明名誉教授が主催している「農商工連携を目指す会」である。三重の弁イ・アサヒ農園・ハマケン水産ほか県勢はもとより、愛知の中京医薬品他、岐阜のオーケーシー食品・恵那川上屋他、福井の團助他、大阪のTMK、広島のオタフクソース他、京都の京はやしや、福岡の華福一が集った。毎年この16日に行なわれているのは神嘗祭を祝う初穂曳き日ゆえ意味があり、何れの社長も昨年の実績報告と今後への努力を神と約束しているようだ。まさに日本的経営者を感じるが、皆さんアイディアと実行力が凄い人ばかりで、互いのコラボも含め充分に刺激し合っている奉納集会となっている。

 教授とは平成15年に三重ブランド委員会でご一緒し、その魅力に惹かれた。本来工学系の教授だが、さまざまなパーツを組み合わせて自動車を作るように、色々な良質の食品メーカーや生産者の組み合わせでそこに農水省・経産省・大手企業の援助も受けて、多様で優秀な世界が誕生するとの発想がある。この集団奉納は、実はそこに狙いがあり、続々と新たな展開を生んでいるようだ。

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3日続きでのお祝い

 109日に、私が三重県レクリエーション協会会長ということで、霞ヶ関で文部科学大臣から“生涯スポーツ功労者表彰”をいただいた。2日前に第3次安倍改造内閣が行われたばかりで、賞状は後日とのこと、来賓挨拶も鈴木大地スポーツ庁長官となっていた。

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翌日、両家ともにご縁のあるご子息ご令嬢の結婚披露宴のため、東京に留まった。御茶ノ水界隈はジャズ祭。さすが東京、プロやセミプロ級の演奏者ばかりで、午後2時まで退屈すること無く楽しめた。のち会場の東京帝国ホテルに出向く。

新郎の父は劇団四季での“キャッツ”にも出演していた方で、今はボイス指導者。さらには仲間内の服部幸應先生はじめ全国区の方が多い。“マツケンサンバ”の真島茂樹さんは、全員立たせてのダンス指導、とにかくたいへん盛り上がった宴となった。

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11日はウエスティンキャッスルのコンテンポラリー・ダイニング“クラウン”を貸し切っての旭日中綬叙勲を祝う会が開かれた。名古屋城の夜景を望みながら、素晴らし黒人歌手の弾き語りのジャズ、そしてウエイトスタッフですら初めてと言う料理が楽しめた。

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津南ロータリークラブ観月会

 津南ロータリークラブの929日の観月会にマジックを頼まれたが、ギターの弾き語りに変えてもらった。依頼を受けた頃、実は元三重テレビの志田さんご夫妻を招いてのお祝い会用に、指先が痛いほどの練習をしていたからだ。観月会頃までその練習の成果は続いていないことを予想して、私の後の耳直し用として本格的ギタリストの川喜田久さんに協力をお願いした。畳の座敷で、ワンワン酒盛り・・幾分調子外れとなったがこれは致し方ないと自分に言い聞かせて前座を務め、私の任は早々に終え、川喜田さんにバトンを渡した。

振り返れば、高校の寮で素晴らしく音感の良い友と出会い、暇に任せてギターを覚えた。故に私が弾けるのは、15歳から25歳頃に流行したカントリーウエスタンやロック、そしてジャズである。音感の悪い私は、楽譜からでなく、コードで覚えた。昨今は当時の弾き方で、幼稚園児と“ドレミの歌”や“おもちゃのチャチャチャ”を歌っている。

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明神館(扉温泉)に調理2年制の卒業生を訪ねて

 42526両日を利用して、松本市外の山中にある扉温泉に妻と訪れた。本学三重調理専門学校の調理経営学科は、調理師・パティシエ・ホテルレストランサービスの3つの技術と理論を勉強し、卒業時に自らの進路を選択する。3年前にホテルマンの道を選んで長野県の扉温泉明神館に奉職した土居さんがここにいる。リニューアル記念日にたまたま当たっていたためでもないが、予想を超えるおもてなしを施設・料理・サービス・雰囲気等全てに感じさせてもらった。それ以上に、彼女のてきぱきした言動から、卒業生の成長を身近に感じられて嬉しかった。

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 旅は時として思わぬ人との出会いをもたらせてくれる。東京手描き友禅の登録無形文化財保持者で国の伝統工芸士寺澤森秋師とこのホテルで出会った。館内の絵を見て廻る鑑賞癖がある私は、ロビーから2階に上がったそこに“吹き付けた雪を被ったから松の絵”を見つけた。ロビー横の三枚組の七草もそうだが、淡い色彩の作品が多いと感じていたとき、声を掛けてくださったのが作者その人であった。

華の間の連獅子、能舞台のある大広間には等身大の連獅子、何れの襖絵も鮮やかな色彩使いで動的圧巻があった。京友禅と東京友禅の話も含み、直接さまざまなお話を聞くことが出来た。お別れして売店に入って、『染織春秋NO464伝統工芸 手描き友禅 模様絵師 寺澤森秋展特集号  (美術出版2010.12)を見つけ、サインをお願いしてしまった。

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世界11ヵ国の和食伝道師養成講座

 平成27311日、「Traditional food practice and food culture of Mie」と題した講演を伊勢市の五十鈴塾で開かせてもらった。企画は、北イタリアのスローフード運動で誕生した食科学大学卒で、「GEN」を経営する齋藤由佳子代表である。今回11ヵ国から16人の研究者が自費で参加した。三重県で10日間かけて食文化を学び、来年開催のミラノの食博覧会で参加者が和食を発信するための勉強会である。フードジャーナリスト、シェフ、醗酵食品研究者、食文化人類研究者、食フォトグラファーと様々な職業の方々である。

日本の多神教と自然の四季の移り変わりと旬、そしてうま味さらには和食の味わいに関連する五根・五感を理解してもらう話から始めた。昼食時に箸使いの上手さで判ったが、皆さん本当に和食に慣れた研究者ゆえであった。講義は、三重県の魚や野菜の醗酵食品に移ると、さらに質問が矢継ぎ早になった。齋藤さんに事前に渡した講義文を元に作ってもらった写真と英文のレジュメ的映像と私の作った写真60点ほどを交互に使い、また幼い頃から小学時代を海外で過ごした通訳担当さんのお陰で内容が深まり、講義は楽しく進められた。講演後、“すし久”で皆さんと一緒に「てこね寿司」を味わい、写真を撮って別れた。

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結城神社(三重県津市)の梅園

 津市内に、わずか2代で東海地方有数の梅の名所としたところがある。南北朝時代の結城宗広(むねひろ)を祭神とした結城神社である。大正3年生まれの故宮崎吉保宮司が従来からの庭園の梅をベースに古木を集め、次の故宮崎吉章宮司(昭和16年生)が手入れをして充実させた梅園である。

 38日(日)、天候も良く温かくなったため、サイクリングを兼ねて神社に出かけた。本殿でお参りをし、梅園に入るとき、大奥さまと若奥様にお会いできた。梅は、私が好きなつぼみ状態のものから開花したものまで同居、古木ほどそのバランスが良かった。

 結城宗広は新田義貞と組んで鎌倉幕府を滅ぼし後醍醐天皇を擁立するが、足利尊氏が挙兵して京都に室町幕府を開いた。そこで宗広等は吉野に南朝を開いた。即ち、南北朝時代の始まりである。

この宗広、伊勢の大湊から大船団で奥州に向うが、暴風にあった。諸説あるが、『太平記』にはこの時、伊勢の安濃津に漂流し、ここに神として祭られていった、その神社である。

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「2015統一地方選に寄せて」に一言

 平成27222日版の伊勢新聞の記事は、私のインタビューでほぼ一面使ってもらっていた。取材に対しては、知事選や市町村選ゆえ、三重県の最優先課題と私が捉えている“子どもたちの教育と文化”の面から応えた。

 誤解を招きやすい分野である。良い表現をすれば“静かな三重県民は「教育と宗教」に触れたがらない”である。県及び市の教育委員会そして教組、そして子どもや孫が通う学校の関連が有り、それ以上の責任は私たち三重県民にあるためである。

取材ゆえ、私の思い違いや、表現、発音上からの誤りも記事に現われた。伊勢神宮は2000年或いは1500年の歴史であり、宗教科目1単位30時間は「心のカウンセリング 宗教」である。幼稚園児用の「国語」とは、「ききことば・はなしことば・かきことば、そして考え表現することば」である。

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日本の四季の変化とおおらかさ(自然観)からの混血の民族性から、記紀には征服者のみならず各部族が神々の姿で包含され表されている。平安時代から幕末まで1000年以上続く神仏習合の姿も含め、太古の昔からの世界に類を見ない多神教の共生と循環の姿が、日本の宗教観のベースである。維新政府が、欧米の文明政治を早急に取り入れ、一方では不平等条約改善と植民地化の関連で一神教政策を打ち出し、昭和に入って軍部がこれを利用した。100年或いはほんの20年程度の歴史に惑わされ、日本の家の解体と日本人の生き方(道徳性含む)の根幹までこれ以上崩すことを私は恐れている。

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大川学園の2人の教職員が優秀監督表彰受賞

 平成27217日、大川学園の東宏明と椿本治夫の両員が、三重県体育協会から、それぞれ優秀監督表彰を受けた。東先生は、“一志Beast ”の監督をしており、指導している6年生女子100㍍競技で、第30回全国小学生陸上競技大会において優勝したその功績である。椿本先生は、30数年前に自宅に土俵を築き、“津相撲クラブ”を結成し、子どもたちの相撲を指導している。第17回全日本小学生女子相撲大会6年生50kg以上60kg未満の部で指導している一人が優勝したことにより贈られたものである。

このブログでは、昨年津西幼稚園修了の当時小学5年生の2人の男児を紹介した。陸上で、5年生の部の100㍍競技で県下1位に成り、あとの一人は結城神社少年相撲大会で優勝して全国大会に出場させ16位に輝いた。二人とも家庭の素晴らしい支援環境が有り、それぞれの監督の下に日々努力した賜物である。

学園として特別なことは出来ないが、理解と協力できることは援助していきたいと思っている。2021年に開催される三重国体の大切な人材養成だけに、さらに成長して多くの青少年を育てて欲しい。

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高野山金剛峯寺の413世に中西座主(管長)

 平成27212日、高野山金剛峯寺第413世座主の晋山(しんざん)・管長就任の祝賀会が、スイスホテル南海大阪で開かれ、参加した。私が高野山高校2年の9月から1年半お世話になった釈迦文院の中西啓寶僧正が、平安時代の弘法大師空海開闢以来脈々と続く管長に就任された。

三重県からは、管長を交えての記念写真のように、私の隣が高野山真言宗枢議会副会長のカネソウ株式会社小林昭三会長、左端が同宗三重県支部長大谷俊應僧正、そして右の私である(右から2人目が座主の中西管長)。

私が大学1年の時、中西僧正と2人で、重い布製テントを背負って北アルプスの燕岳から槍ヶ岳を縦走して上高地に下った共通の思い出もある。居候の私が寺を出て1年後、ご縁で大川学園の教員が僧正の元に嫁がれた。この深いご縁の僧正が、高野山真言宗のトップの座主であり管長に就任されたゆえ、この日は私にとって夢のように嬉しいお祝いであった。

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朗読会「アンドレの翼」

1027日、日本語とフランス語による朗読舞台が、アスト津で催された。全国11市でのツアーの1箇所で、前三重大学医学部附属病院長で現桑名市民病院理事長の竹田寛教授が三重県の総括責任者となられた縁で誘っていただいた。

朗読は、軽井沢朗読館館長の青木裕子さんと仏女優のヴァンダ・べヌさん。二人の掛け合いと音響の調和から時間は瞬間的に流れていた。朗読が終わっての感動の拍手、しかし静かに流れるバックサウンドに満席の観客は誰も席を立たずに静かに余韻に浸っていた。3部になった物語の構成、語り手、バックサウンド、そして観客の質の高さと総てが揃った中に私が居られた幸せな時間が共有できた公演であった。

懇親会は、会場をグリーンホテルに変えて催された。

松阪肉は言うに及ばず、尾鷲市まで魚を仕入れに教授自ら出かけてそろえるもてなしの凄さ。当然、料理もチーズも、そしてワインチェックもである。テーブル席の花の絵は奥様が描かれたものとサインで気づく。

招待者というか賛同者も県下各地からの幅広い方々で、久し振りの出会いに盛り上がり、中締めに時計を見ると2230分を幾分も廻っていた。

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ジャズとプロの真髄

1017日、ジャスピアニストの穐吉(あきよし)敏子とシンガーでありフルート奏者のMonday満ちる親子のジャズが、三重県文化会館で催されたので足を運んだ。最近何か慌しくて、ジャズから離れていた。穐吉は、平成8年のコンコードジャズで、ジョシア・レッドマンを伴って名古屋に来てくれたので印象深い。それより日本のジャズの牽引者であり、私の好きなピアニストだが、この方の演奏会への参加は最後になりそうと思いチケットを求めた。

平成8年は、私にとって何かにつけてコンサート年であっただけに覚えている。アメリカボストンでボストンポップスを聴き、その直前に名古屋でのボブディランコンサートに出かけたことを思い出す。

この当時の10年程は、毎年開かれていたコンコードジャズを中心に、チケットを求めては音楽に浸っていた。

今回の演奏会、私より一回り年上なのに、プロとは言え年齢を超えたピアノ技術と感性のすごさに、家に帰ってからももらった刺激の余韻は続いている。

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子ども子育てシンポジウム

子ども子育てシンポジウム

 823日、名張市のADSホールは超満員で、仕事と育児の女性と子どもの環境を考えるシンポジウムが開かれた。厚生労働省の村木厚子事務次官の基調講演では、さまざまな資料の元、理解しやすく女性就業率が高いほど出生率が高く、また仕事での重要な役職に活躍する事例や数字等、さらには職場での時間短縮等の制度や風土に基づいた調整提案が成された。

これを受けてのパネルディスカッションでは、鈴木知事、亀井名張市長、井村屋グループの中島伸子専務、県経営者協会の杉浦礼子女性懇話会代表がコ―ディネーターを務めた。

名張市は、数年前から就労者のみならず全ての母子の環境を整えはじめた。昨年度に子どもセンターとファミリーホームを、今年は小児救急医療センターの開設と、出産と子育て環境を、他にも母と子どものために縦横に組み合わせた政策を取ってきた。結果、出生数は平成23年が635人、24年は653人、25年は682人と向上し、26年度は700人と、亡くなる方と同数を見込んでいると市長が語るように、女性と出産そして子育ての安心環境への道が整えられてきただけに、その地元での講演とシンポは考えさせられることが多かった。

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60年振りに中学時代の仲間が集まった

 中学校3年生時代に集まれば「古城」“松風騒ぐ丘の上・・”と歌っていた4人組みが、台風11号上陸のその日(810日)正午に東京駅に集まった。同窓会では度々顔を合わせていたが、このメンバーだけでは60年振り‥市立橋北中学校3B組、今は大田区在住の玉置君、泉大津市の平松君、鈴鹿市の佐藤君、そして津市の私である。

 東京花火を遊覧船での酒の肴として一杯‥と企画してくれたが、台風ゆえ、東京駅に始まり上野の博物館を訪れ、夜は享保元年(1801)創業の浅草“駒形どぜう”で泥鰌鍋・泥鰌の蒲焼等々で一杯となった。

翌朝は晴天、浅草観音にお参りののち隅田で川を越えて“東京スカイツリー”を訪れた。何処に行っても若い人々で溢れている東京である。451.2mの展望回廊・・昨日の風雨のためか富士山は霞んで眺められなかったが、遥か彼方まで続く360度眺望の首都圏に、つい、若い地方人を集める装置の話題となる。昼食は再び浅草に戻って平松君要望の“もんじゃ焼き”。多いときには月3度も訪れていた私だが、今回は初物の多い東京であった。みんなともじっくり語ることができ、4人それぞれが自らを信じ、精一杯に道を歩んできたことが判った。健康を祈願しつつ再会を約束して分かれた。

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三重県レクリエーション協会のお祝い

 三重県レクリエーション協会(県レク協)の法人化十周年記念式典が、727日、ホテルグリーンパーク津で75名の参加のもとに開催された。

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 昭和44年に文部省の指導の下に誕生した県レクである。平成元年の“第1回三重県スポーツレクリエーション祭”頃から活動が本格化し、平成5年に“三重県レクリエーションだより”の定期的発行が始まり、こうした取り組みを通して活発化した。

レク協は、体育協会と比べればあまり世に知られていない。記録を狙うアスリートを育てるのではなく、老若男女誰もが親しめる健康づくりと笑顔作りの活動だからである。構成員は、県内11市町協会、ウオーキング協会やサイクリング協会、ドッジボール協会、ユニカール協会といった27種の種目団体、1領域団体、そして7校の大学や専門学校が加入する課程認定校で成り立っている。

理事会や役員会は仕事に支障をきたさない土日等の、それぞれのレク活動を終えた後の19時から開かれるが、名張市や桑名市からも津市に集まって議論している。勿論、各部門の日々の専門部指導者の活動も奉仕的側面が多く、これも土日を使っていることが多い。知る人ぞ知る協会との側面もあるが、国体に向っては県民のスポーツ参加に多大の貢献をとの役割がある。

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法人化はこのような面から協会員全員の悲願であっただけに、その認可からの10年目は、県下の協会員として意義があった。そして、こうしたことを理解してもらっている方に来賓案内をし、鈴木知事、前葉津市長(市町村会長)、斎藤十朗名誉会長をはじめ、愛知県・静岡県・岐阜県・福井県・石川県・富山県の各レク協会長や専務理事がお祝いに駆けつけてくださった。


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三重テレビ“とってもワクドキ”

 630日(月)、「ニッポンふたり語り」として三重テレビで浜谷英博教授とコメンテーターをしている。最初の話題の“イラク情勢と日本への影響”は、専門の浜谷教授におまかせである。二つ目の“熊野古道世界遺産登録十周年”は、四季のある日本、降雨の多さと温暖さで森が育つ紀伊半島に芽生えた「山河海空の自然信仰の聖地」を語らせていただいた。育った森を背景に、伊勢神宮・熊野本宮・大峰七十五靡き・吉野蔵王堂・高野山金剛峯寺という聖地を生んでいる。路はその聖地を結んでいるが、10年前の三重県はそこから伊勢神宮と度会宮という聖地をはずし、紀伊路と限定した。伊勢路は、伊勢詣でを終えた人々が西国三十三ヶ所巡礼につなぐ江戸時代にこと発展した路である。平安時代から鎌倉時代、法王や上皇が再生復活(よみがえり)の聖域への紀州路と性格を少し違えている。

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最後のテーマは、先般の国会で“79本の法案が成立”した話題である。教授も私も、必要なものの多さを感じている。その中で私は、“改正地方教育行政法”がこの行き詰った三重県の教育を変える期待を語った。

 小学6年生の国語の基礎力は、6年間45位周囲にある。昨年度は知事が本気で教育改革推進会議を立ち上げ、先進の福井県に小中の2名の教員を半年派遣したが、結果43位であった。全てではないが、大阪橋本市長が示す方向が、三重県の子どもたちの環境を変える起爆剤になると考えている。

鈴木知事と同じ方向に向って、忙しい教員が、その忙しさを子どもたちに向けられる環境を県民の一人としても応援したい。

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幼児から小中高生用に工夫された県博オープン式で出会った人

418日、三重県総合博物館開館記念式典に参加した。館長である布谷知夫氏の著書『博物館の理念と運営』(雄山閣)を読み、凄い方が三重県に来ていただけたと感じていた。

式典後の内覧会で館内を見学させていただいた。県内の子どもたちや県外からの訪問者に、三重を丸ごと印象付ける学術的仕掛けと内容の魅力があり、館長はじめ学芸員の英知と工夫の結集に感動を覚えた。

帰りがけに館内のショップで、ミエゾウの絵本『ぼく、みつけたよ』(あべ弘士)を求めて館を出ようとしたところ、3人が目に止まった。最初に目に入ったのは、四日市市と京都で子どもの本の専門店“メリーゴーランド”を開いてみえる増田喜昭さんであった。その隣には式典で増田さんと並んで紹介された絵本作家のあべさんゆえ、幼稚園児用に求めた絵本に早速サインをもらった。そして三重エフエム放送アナウンサーの西本亜裕子さんも交え4人で少しお話が出来た。

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三重テラスと三井ホールでサプライズな2日間

 315日、県依頼の仕事を20時ごろ終え、三重テラスに戻ると、そこでは「神話を語る会」のトークが終わり、レセプションで盛り上がりの最中であった。際立っているメーンのお二人、我が三重県知事と『古事記編 ニッポン西遊記』(幻冬社)を出版された俳優の鶴田真由さんであった。参加者は20代・30代の女性が多い。無粋な私は、何故古事記の神話に興味を抱いているのか二人のグループに尋ねた。一人は「日本の神話や宗教のこと何も知らないところに、鶴田さんの本を読んで目覚めた」とのこと。「マンガで神話を知って興味をもった」との人もいた。近くに居た人が「本の会で出会った鶴田さんから、この催しの案内メールが入って、他の人を誘って参加した」とのこと。若い世代の人たちが、古事記や明治維新以前の日本の宗教に興味を持ってくれるとは嬉しい。

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翌日に日本橋料理飲食業組合の方々との座談会を終え、隣の三井ホールに案内してもらった。「江戸桜ルネッサンス&夜桜うたげ」の催し。

松阪木綿の大きな暖簾をくぐると、期間中蒔絵を現場で描くその奥は江戸期の桜柄の着物に囲まれた通り、その奥も桜、桜。突然大きなアートガラスの中にふくよかな金魚が悠然と泳いでいるコーナーに出た。若いカップルの多いこと。

圧倒される展示の数々に、一息つこうとお茶接待コーナーに腰を掛ける。そこに粋な着物姿の二人が隣の席に座られた。若い方の方が今回の企画者木村英智氏で、お話をすることが出来名刺を交わすと、もうひと方は門川大作京都市長、なんとサプライズ続きの2日間であった。

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家庭画報4月号付録の「美味手帳」

『家庭画報』4月号の別冊付録に、和食のユネスコ無形文化遺産登録記念で、日本全国47都道府県の食材と料理を紹介した「美味手帳」が出た。その三重県の頁では、取材を受けた伊勢海老に付いて2頁にわたって、「志摩の伊勢海老 江戸時代に生まれたブランド食材のはしり」と出してもらった。

昨年から、3ヶ月毎に三重テレビのコメンテーターをしているが、先月(224日)のこの「とってもワクドキ」でも、無形文化遺産としての和食文化を取り上げた。元来は京都の料理人が中心になって立ち上げた「NPO法人日本料理アカデミー」が、老舗料亭料理をイメージして始まった登録運動であった。しかし、専門調理師が料亭で出す料理は無形ではないと申請を諦め、民衆文化としての伝統的な食生活を登録し認められた。申請は、①各地に根ざした多様な食材とその持ち味、②栄養バランスある一汁三菜の食生活、③四季の移り変わりを表現した食とその環境、④家族や地域をつなぐ年中行事食等として、民衆の食文化が認められた。まさに私が40年間かけて、古老から聞き書きをしてきたそこである。家庭画報の取材もその故に成された。

そういえば、今年の毎日新聞の元旦号三重版の2頁も、私の記事文と取材でのヒントで構成してもらっていたがこれも同様のことからである。

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三重テラスで松浦武四郎と大台ヶ原山を語る

2月7日~9日、北海道中小企業同友会釧路支部は“たけしろうカンパニー”を立ち上げ、東京で初めて三重テラスを利用し、「武四郎な3日間」のイベントを開いた。そのオープニングに、「松浦武四郎と大台ヶ原山」と題してセミナーを開き、私の講演を組んでくださった。

私が著した『大台ケ原山 知られざる謎』(新人物往来社)から、晩年の3年間“大台ヶ原”に執着した武四郎を講演内容とした。この山は武四郎にとって、北海道探索時のアイヌの人々への人権迫害、及び国民への宗教強制統制等と無関係でない。ヒューマンを基調とし、人間愛と信教の自由、そして森の思想からくる武四郎流の自然観と宗教観と人間観の心の奥を語らせていただいた。

講演後、参加いただいた東京松浦家のお2人、そして武四郎記念館長と私の4人で、複写の涅槃図の前で記念写真を撮っていただいた。東京三重県人会の幹事さんをはじめ、受講してくださった多くの皆さんと主催者にお礼申し上げる。

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『冬虫夏草』鈴鹿山系に飛んだ梨木香歩著

梨木香歩著『冬虫夏草』が、新潮社から暮れに出版された。鈴鹿山系を愛する登山仲間に紹介したい。日本語の使い方の大人の教科書を想わせる本である。目を追うその場面がスライド映像の様に浮かびあがってくる著書である。断っておきたいのは、前作の『家守綺譚』(新潮社)の続編として読むと興味が倍増する。

新潮社の出版部から、私が30数年前に著した『鈴鹿山系の伝承と歴史』が手元に無いかと連絡を受けた。すでに3冊こそ残りが無く、その1冊をお貸しした。しばらくして、そのお礼にいただいた『家守綺譚』は、鈴鹿の山に続くことを暗示するストーリーになっていた。

主人公綿貫征四郎、綿貫の話が理解できる愛犬ゴロー、時として現われる幽玄の高堂、自然科学者の南川らが中心人物である。新作の方では、愛知川沿に綿貫が鈴鹿山中を訪れ、山村の民のほか河童や岩魚夫婦と話が展開する。舞台設定は昭和初期と考えられる。愛知川の上流の永源寺、政所、今はダムの底に沈んだ村々、木地師の里の蛭谷・君ガ畑、その奥の茶屋川の上流に位置する茨川山村、さらに谷を遡った滝へと話は展開していく。何かこの山系内で、他界絡みで緊急事態が起こっているようで、実に読む者をのめり込ませる。

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伊賀市レクリエーション協会10周年記念式典

 1215日、伊賀市レクリエーション協会(中島耕士会長)10周年記念式典に出掛けた。途中、近鉄から伊賀電鉄の色っぽい目の忍者列車に乗り換え、上野市駅前に建つ“ハイトピア伊賀”会場に到着した。

10年前といえば私が県レク協会の副会長に就任した頃である。あれこれ思いおこす。平成7年に三重介護福祉専門学校の講師探しで、日本レク協会を訪れたことが縁となった。学校はその翌年に立ち上げ、以来、縁が縁を呼び、翌年に県レク加盟のユニカール協会会長、平成15年に県レク副会長、20年同会長に就任した。過ぎ去った日々は早い。伊賀市レク協の方々も同じような思いで今日を迎えられたのだろう。

 式典は伊賀レク協中島会長の挨拶に始まり、同市野口俊史教育長、そして私のあと同市体育協会松嵜敏之会長と続いた。その後功労者の方への感謝状贈呈、そして加盟団体の紹介と続いた。

第二部は、参加者全員で、ユニカール競技。国民の健康を願う参加型レク協らしく、式典と楽しい催しで汗をかいて、互いの笑顔に囲まれて帰路についた。

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東京日本橋の三重テラス

 県の要請で、1010日に東京日本橋の千疋屋ビルにある「三重テラス」を訪れた。1階が三重県産品のショップ、隣がイタリアンレストラン、2階は三重県の遷宮や街道と餅を判りやすく見せる多目的ホールと成っていた。ショップコーナーには、百年の歴史を誇る伊勢市川崎町の“伊勢製餡所”の和菓子があり、伊勢木綿・鈴鹿墨等々さまざまな三重産品、私だけかも知れないが初めて出会うリキュール系日本酒造の商品も置かれていて驚く。

1530分から5階の会議室で、三重テラスを担当する人々に、三重県の食と風土、そして歴史について話させてもらった。質疑に入ると、「伊勢牛と松阪牛の違い」や、「魚の漬物をもう少し詳しく」とか、「鮫を食べること」等、質問攻めにあった。参加者は10名少々で、三重県出身者と関東圏の方が半々だったが、全員の質問の積極性が嬉しかった。

18時、県職がレストランに席を予約し、自費で歓迎会を開いてくださった。これは何にも増して感激と恐縮であったが、甘えることとした(紹介は同ブログの三重グルメに)。

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外宮の遷儀に参加して

 105日、東京の服部幸應先生の計らいで、食べものの守護神である“豊受大神”を祭神とする外宮の遷儀に参加させていただいた。40年間、三重県の食生活と食文化を追いかけてきた者にとっては、感激に極まりがない思いで一杯であった。奉拝席は新旧社殿の中間の最前列ゆえ、入御(にゅうぎょ)は目の前を絹垣に守られた御魂が通られ、神気(しんき)極まりない体感を得させていただいた。

暗闇の中を想像していたが明るかった。真新しい芳しい木の香り、松明(しょうみょう)の火と香り、風や時として鳴く鳥、神職の玉砂利を踏む音、古人も感じた気とは、このようなのだったろうか。

微妙な何かの流れは、西行法師ではないが「かたじけなくも」を感じる世界、表現のいたしかたが無い。ドナルドキーン氏が内宮の遷儀に「日本の文化の極み」と語られていたが、二千年とか千三百年の時間と空間の中に居るようである。歴史を繋ぐ常若(とこわか)の凄い体験とこそ言いようが無い。

 遷儀が終わり、服部先生と服部流家元を継ぐ服部津貴子先生と3人で、志摩観光ホテルに向った。ホテルにはご無理を申し上げ、宮崎英男グランシェフのお陰で遅い晩餐をとらせて頂いた。ホテルの皆さんの温かさにも感謝であった。

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4度目のケンミンSHOWからの取材

“秘密のケンミンSHOW”のディレクターから久しぶりの電話が入った。3年ほど前、私の図書をよく読みこんで三重を題材にした番組を幾本も作っていただいていた。その関係で、過去3回立て続けて取材を受けたことがある。今回はそれ以来であったばかりか、私の図書にも紹介していないことでの理由探し、即ち、志摩地方での“ところてん”の食べ方に関する質問であった。

「志摩市の大王町地区で、“ところてん”を“めんつゆ(うどん出汁)”で食べるのも驚いたが、そこに玉葱を刻んで(微塵切り)載せ、同市の阿児町地区も“めんつゆ”、ここは韮(にら)を刻んで載せて、共に香りも良くなるのでとしゃきしゃき音をたてて食べている」、「酢醤油でも黒蜜でもなく、青海苔や刻みのりでもないその食べ方の理由を知りたい」との問い合わせであった。民俗学を心し、地域調査を重ねている者なら、すぐに判ることゆえそこを説明する。と、その場で取材予約をされ、東京から飛んで見えたという次第である。放映は829日であった。

しかしながら感心するのは、次々と新たなネタでの取材、専門職とは言え、このスタッフの方々の毎週の取材力に驚くばかりである。

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ユネスコ登録をめざす和食文化のシンポ

 828日、津アストホールにおいて、ユネスコ無形文化遺産登録を目指したシンポジウムが農林水産省主催で開催された。高校生を含む120人ほどが県内外(愛知・岐阜・三重)から集った。

 基調講演は、私が「三重県の食生活と食文化」と題し、映像を伴って四季の旬を生かした東西文化が混淆した豊かな三重の郷土料理を紹介。二部は、愛知県代表の愛知大学教授印南敏秀教授から、かつて正月料理に欠かせなかった三河湾のハゼは今日輸入に頼っている現状ほかの報告。岐阜県からは女性史と飛騨の食を研究する神出加代子さんが、一旦消えた飛騨の儀式料理再現について報告。そして三重県は、高校生レストランで知られる相可高等学校の村林教諭から、調理教授の原点の大切さと方向性そして学ぶ環境とその姿勢が語られた。

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三部は、私が司会役となり、先の3人に相可高校調理科3年生2人も加わってのパネルディスカッション。戦後2代に渡って途絶えた日本の家庭における和食料理文化の復活と次世代への継承が議論となった。普段の「ケ」、これに対しての「ハレ」や「ケガレ」と食、年中行事や人生儀礼食による日本の各地の伝統食を守る問題も話題と成った。

一方、東西混淆文化圏の中部地区は他のブロックと異なり、多種多様な風土と歴史の中で育まれた、まさに四季の季節感の元に育んだ共生と循環の思想の元の精神文化に支えられた、世界に誇るべき和食文化圏の地との確認も成された。

富士山のユネスコ登録と同じように、世界は今、民衆の精神生活と直結した個性溢れる文化を求めている。その意味でも、今回、2千年の歴史をもつ伊勢神宮で遷儀の行われる三重県の地でこの催しが開かれた意義は大きい。

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小布施の画家さんとのご縁

 75日、毎年開催されている“坂口フェスティバル”に、三重県から3人の登山仲間で参加した。歓迎パーティーのホテルでの宿泊が、長野県教育委員会登録美術館“おぶせ藤岡牧夫美術館”の絵本作家であり、イラストレーターの藤岡牧夫氏を交えた4人部屋で組まれていた。懇親会場の部屋に入ると、藤岡氏の原画10数点が飾られていた。表現や個性は違うが、原田泰治のように自然と子どもたちが描かれた作品の数々であった。失礼な話しだが、飾られている作品が、同室の藤岡氏その人のものと懇親会に入って知った。

懇親会終了後、4人で部屋に戻る途中、1階のサロンにも藤岡氏のピエゾグラフが展示されているのでそこに移動した。話を伺うと、信濃毎日新聞夕刊に、2003年から2010年まで「風にふかれて」と題して8年間連載した作品の一部であり、新聞では一つ一つに物語も掲載されたとのことであった。木曽駒ヶ岳の麓の田道の土手で縄跳びをしている子どもたちの作品、常念岳を背景に広がる菜の花畑に飛び交うちょうに乗った子どもたちの絵に興味を引かれ、後日2作品を送っていただくこととした。

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縁とは不思議なもので、藤岡美術館に行けないので諏訪湖畔の原田泰治美術館に山帰りの8日に立ち寄った。そこで“高橋まゆみ人形展”が開館15周年特別企画展で開かれていた。お陰で、以前から訪れたい二人の作品を一気に堪能できた。次の小布施訪問がお陰で楽しみになった。

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三重テレビ「とってもワクドキ」でコメンテーター

三重テレビ「とってもワクドキ」でコメンテーター

 平成25527日、18時からの人気番組「とってもワクドキ」にコメンテーターとして出演することになった。毎月最終月曜日のこの生番組には「ニッポンふたり語り」との副題がついている。私の出番は、3ヶ月に1本でちょうど良い。また、話題は、時の社会問題、三重県の歴史や文化や教育、或いは生活に密着した内容で、とのことであった。主義主張を言ってよいということだが、評論家で無く、メディアを通して提案型も含めて話せるのが嬉しくて引き受けた。

メーンのコメンテーターは三重中京大学の浜谷英博専任教授で、教授との対談方式である。この日は1630分に局入りし、教授と名刺を交わし、簡単な打ち合わせを行った。本番では、以前に出演させてもらったときに担当の稲葉寿美アナが、スムーズな引き出し役で進行してくれた。

話題の一つ目は、内閣官房参与の飯島勲氏の北朝鮮訪問である。二つ目は、今月19日に皇太子さまが歩かれた世界遺産の熊野古道のこと。三つ目は、6年前から小学校6年生の国語の基礎編が43位~45位と低迷している三重県懸案の全国学力テスト問題を取り上げた。持ち時間の4230秒は、途中コマーシャルも入るためか、あっという間に過ぎた。

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服部幸應先生と北川潤先生そして古巣の仲間達

 全国調理師養成施設協会で4年間、服部幸應先生と会長・副会長として組んだ。全国的に見れば規模の小さい三重県の調理師養成の専門学校だが、請われた限りは、ある課題が解決するまではと引き受けた。当時は、会わない月はなかったが、今は年に3~4回となった。今回、広島駅前のシェラトンホテル広島で開かれた、全国料理学校協会とNPO日本食育インストラクター協会の理事会・総会でお会いできた。

四国で調理師養成をしている北川潤先生ほか古くからの縁ある人々ともここで再会出来た。北川先生は、劇団四季で今も歌唱指導をされている。随分古い話しだが、キャッツ名古屋公演時に今は亡きご母堂さまから連絡を受け、妻と出かけたことがある。この時は三役で出演されていた。その先生が今回、懇親会で歌をご披露くださり感動。

多くの先生方が長い付き合いであるため、厳粛な会議を終えたあとの懇親会そして続く二次会は、23時まで時間を惜しんで続けられた。

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四条流包丁式が三重調理専門学校卒業式で奉納

 平成25318日、津都ホテルにおいて三重調理専門学校第52期卒業式が挙行された。その祝いに、四条流16代家元の入口修三(號:柏修)師による包丁式が奉納された。

包丁式の起源は、藤原山陰を祖とし、特に室町時代に公家や武家がもてなしとして、お抱え調理師に客の前で調理させ、膳を饗させたことに始まるといわれている。しかし、包丁式には、儒教や陰陽道等の原理原則が取り入れられ、一方では当然だが調理技術伝達技法が組み込まれている。

家元以下5人は狩衣(かりぎぬ)姿で壇に登場し、30㌢ほどの鯉を手を触れずに、まるで踊りのようにリズミカルに包刀と真箸で調理していく儀式でもある。今回の式題は「龍門之鯉」で、同校日本料理講師の大橋義信先生の分かりやすい解説で進行された。

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ロータリークラブの奨学期間終了式とその後の観光

米山記念奨学生事業という“海外からの留学生の勉強を支援し、一方で国際理解を目的とした”制度をロータリークラブは持っている。岐阜県と三重県で13名を1年間支援してきた。223日にその終了式が、名古屋市内のキャッスルプラザで催された。多くは大学院生か博士課程で、私がカウンセラーをしている王雅儒さんは三重大学大学院教育学研究科生。4月からは東京の教育関連会社に就職が決まっている。その彼と旅行で日本に来られているご両親と4人で、この式典に参加した。

式後、徳川美術館に招待した。この時期は“尾張徳川家の雛祭り”の特別展をしているからである。館内で、徳川家の武具から始まり、茶席と説明し、目的の雛壇コーナーに入る。そこは圧巻で、日本の女の子の祝いの文化を満喫していただけた。庭園も天候に恵まれ、ゆったり。館の門を出たところで、和の婚礼衣装の新婚さんたちが記念撮影をするところに出会えた。少し遅かったが、名古屋城にとタクシーを走らせた。到着は閉門直後で、武将隊が脇門から出てきたところだった。場内には入れなかったが、ご両親にとって、日本の文化の良いとこ取りの午後となった。

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『三重県 謎解き散歩』が出版

47都道府県別のシリーズものとしての『三重県 謎解き散歩』が、新人物往来社から昨年の暮れに出版された。私が一昨年書いた『大台ヶ原山 知られざる謎』と同じ出版社である。

従来の郷土紹介本との違いは、歴史と地誌他の案内だが、伊勢神宮編があり、宗教・民俗編も組まれ、この県に関連する記紀の神話もしっかり取り上げられていることである。私はこの中で、①朝熊山(あさまやま)の経塚は何を語る?、②河村瑞賢の財は漬物が作った?、③カンコ踊りは南の島から伝わった?、④のんべいな牛ほどうまい最高の松阪牛になるって本当?、⑤伊勢湾台風が田植えを早めた?、⑥鈴鹿セブンマウンティングは伊勢平野のシンボル?の6本、いずれも楽しい謎解き本として執筆させてもらった。

そして正月3日、津駅ビル“チャム”の3階にある別所書店に立ち寄ると、この本が山積されて皆さんに主張していた。また郷土本コーナーに暮れには残っていた私の執筆本も姿を消していて、共に幾分にも嬉しい気持ちにさせてもらった。

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精進料理を教授する寺院を訪ねて

みえ食文化研究会で、1115~16日の秋の京都散策を兼ねた精進料理体験ツアーを企画した。初日は万福寺での普茶料理だが、私は午前中の二つの幼稚園児の七五三参拝を済ませてから近鉄で追いかけた。

泊まりは無相大師が開かれた妙心寺塔頭の一つで沙羅双樹の寺で知られる東林寺で、ここで合流。2日目は同寺院で、西川玄房僧正指導のもとの精進料理の実習である。命の受け渡しから始まり、旬の食材と食の安心、そして五味五色五感のお話し等を交えての料理講習。和尚さんで精進料理に精通された方が少なくなった今日、貴重な体験である。

のち、銘菓で知られる俵屋吉富が開く京菓子資料館を訪れて岐路に着いた。資料館では、螺鈿細工に濃い朱塗り中央部に「亀山東町 御菓子司 風琴堂製」と書かれた菓子箱に出会え、興味をもった。

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神宮奉納14社と

 1016日、東海及び中国地方の14社が各社の自慢の製品を神宮(内宮)に献納し、これに参加した。農漁業と商工業の連携で新産業を育てることも含め渡辺三重大名誉教授の提唱に賛同した企業の中でさらに奉納を希望した会社である。

県内での奉納参加は、四日市市の高級乾物を扱う弁イ水産や尾鷲市の冷凍サンマ寿司の橋本屋、度会郡の温州極早生みかんのアサヒ農園等5社。県外では広島県のおたふくそーす等3社、福井県は永平寺のごま豆腐の団助、岐阜県は栗きんとんで知られる恵那川上屋等3社、愛知県は赤い箱で知られる中京医薬品等2社である。

 当日は神嘗祭(かんなめさい)で、稲の初穂を奉納する初穂曳きが両宮で行われていた。我々の奉納先の内宮は、宮川を米10俵と稲穂150束を載せた舟を曳く川曳きが行われ、領民によるエンヤーエンヤーの掛け声と木やりの声が響いた。この雰囲気の中で14社の社長が集った奉納とあって、午前は伊勢福社長の計らいなのだろう株式会社濱田総業の浜田益継会長のお話を1時間拝聴、さらに食事会が貴賓舘で催された。振り返るように語られた夢と理想を実現する経営の根幹、真似は出来ないが刺激満載で、最初から終わりまで無意識のうちにA4用紙6枚ぎっしり記録をとっていた。日を経ても、奉納とお話と川曳きという三つ巴で得た充実のエネルギーは消えない。

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三重県私学大会で永年勤続表彰の先生方

 平成24106日、県総合文化センターで、第48回三重県私学大会が開かれた。

大川幼稚園の宮下園長は20年、三井副園長が15年勤続で表彰。津西幼稚園の東・宮本両先生が20年、もう一人の東先生が15年でこちらも表彰を受けた。おめでとうございます。純粋な子どもたちの育ちの環境をこれからもよろしくお願いしますという気持ちでカメラマンを務めた。

祝辞に立った三重県知事も高校は私学育ちで、建学の精神と私学ならではのユニークな先生方との出会いによる教育環境のお陰で、生きる力が育ったと紹介。恩師の名も上げて、国語力の豊かさ・育み環境はその後を大きく広げてくれたと感謝してみえる事も述べ、子どもたちの育ちの環境をこれからも宜しくとの挨拶が印象に残った。

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三重大学の児玉克哉教授の「非暴力国際平和賞」受賞記念祝賀会

 730日、ホテル・グリーンパーク津で、児玉教授の祝賀会が開かれた。三重大学内田淳正学長の挨拶を通して、インドの平和団体からペレス・デ・クエアル元国連事務総長も受賞された数少ない貴重な賞と知った。

広島生まれの児玉教授だが、大学生のときから原爆と平和の問題に関わられ、核廃絶に向けての取り組みを続けられてきた。被爆体験の聞き書き『ヒロシマを聴く』の編集もなされていた。そしてこの図書の“はじめに”に、「私は被爆体験の継承には、語る側とともに、受け止める側の態度が極めて重要であると考えています」と記されていることと併せ、教授の今日の挨拶の中で、ご母堂様が吸引被爆をされているお話しを伺いその活動により深さを感じた。

地方自治をはじめとした政治学のスぺシャリトの新たな一面に触れさせていただけた祝賀会であった。

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全国総会で函館を訪れた

 6月5日、全国調理師養成施設協会の総会が函館で開催された。総会後の食事会で、野又学園理事長になられた野又肇先生との40年振りの再会があった。 

 その昔、お互い若い校長で、親しくしていただいた方である。今は、函館大学や函館短期大学そして有斗高等学校等を経営されてみえるため、調理師養成のこの会でお会いできるとは思っていなかった。話しに夢中になって、記念写真を忘れたことが心残りである。

会食後、函館山散策。世界3大夜景といわれる絶景の中、堺市で包丁一筋の和泉利器製作所9代目が、関西の育成調理師専門学校校長らと写真を撮って送ってくださった。

翌日、五稜郭を20人ほどで訪問して帰路に着いた。観光の街だけあって、文化遺産のみならず道や街路樹も大切に、綺麗さを街全体に漂わせ、心地よさが残った。

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松浦武四郎記念館で講演

 5月13日松浦武四郎記念館友の会主催講演会で60分間のお話をさせていただいた。私が会長をしている斎宮歴史博物館友の会と2年前から姉妹関係を結んだ松浦武四郎館友の会の会長さんの依頼であったため、軽く引き受けてしまった。しかし、武四郎の書いたものを読み解いて次々出版していただいている佐藤貞夫先生、武四郎研究の第一人者の山本命学芸員、他にも研究者が幾人も参加される。

そこで、皆さんがこれまで取り組んでいない幕末から明治はじめの日本の宗教環境、欧米露等列強の宗教をからめた国策と維新政府の宗教政策と国策、そして我が国の庶民の宗教感覚、また、遍歴や探索調査の中で育んだ日本の原点に立ったような武四郎の宗教観と自然観を話させていただいた。

聴講者の誰かが、これをヒントに武四郎の宗教研究を深めていただければとの思いで、60分を使わせていただいた。

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野沢温泉郷での老歯科医さんとの出会い

鈴鹿山岳会11人で220日に野沢温泉郷に出かけ、そこで、地元の富井歯科医院の富井英信医師の下に通った。出かける前、歯科医を訪れる時間が取れず10日間ほど我慢し、ついに頬が腫れ上がってしまって駆け込んだのである。

受付で、「年寄りの先生ですか、若い方の先生がいいですか」とユニークな質問を受け、「年配の先生にお願いします」と答えて先生と出会えた。2日目から意気が合い、さまざまな話が出来た。

5日間通った最終日、一緒に写真をとってもらい、さらに医師から文部省検定済教科書『社会四下』をいただいた。小学校4年生用の日本地理の副読本の下巻である。「四.村の発てんとスキー」の章立ての中に、御尊父でやはり歯科医師の富井英士さんが地域を今に育てた一人として、その貢献が詳しく紹介されていた。人の出会いと縁とはこのようにして出来ると、この年になって改めて深く感じ入った。

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三重テレビ7チャンネルに出演

 1123日(祝)午後6時から25分間ほど、「とってもワクドキ 輝人」に生出演した。当日の中日新聞「三重テレビ」案内には、「山に詳しい幼稚園など経営する大川学園理事長に、大台ヶ原山について聞く」と紹介していただいた。

幼児専用の遊び空間3千坪ある「安濃の里山オズ」の話に始まり、今般出版した『大台ヶ原山 知られざる謎』(新人物往来社)、そして郷土の自然界への私のこだわりと、アナウンサーとディレクターの連携のよさから、私の思いを上手く引き出し、非常に話しやすい環境を作っていただけた。

 同月27日(日)にセントレアで開かれた結婚式に参加したところ、名古屋在住の知人から、「テレビを見せていただきました」と声をかけていただいた。園児からも声をかけられ、テレビの力はすごいものだと感じた。

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日野原会長百歳記念ジャンボリーに参加して

百歳を迎えられた日野原重明さん(聖路加国際病院理事長、05年文化勲章受賞)のお祝い会を兼ねた新老人の会のジャンボリーが1016日、伊勢市で開かれた。大会会長は中村幸昭鳥羽水族館名誉館長である。日野原さんの講演は、「夢を天空に描く」と題して50分間組まれていた。日野原さんについては、20日ほど前、NHKのテレビで、仕事としての医療活動、一方では子供たちの将来にかける姿を放映された。ゆえに普段より幾倍も期待してアリーナに出かけた。

講演は充分に期待を満させてもらえた。私たち高齢者が、天空に大きな夢を描いて、その実現に向かう生き方に命を使うことを説かれた。今の時代背景は、民衆の力が必要な時と説き、一方で、憲法9条問題を1718歳での選挙権付与と関連して語られた。さまざまな実現に、英知と正義、自制心と勇気を、その勇気は許すという気持ちからだと・・。文字では表現できないが、心に響く百歳を感じさせない熱い講演であった。

お祝いの催しは、皇學館大學雅楽部や今年度も全国大会に出場の白子高校吹奏楽部の演奏、伊勢少年少女合唱団といった若い世代を主流として組まれていた。「子供たちに平和と愛の大切さを伝えること」が、新老人の会のメッセージでもあるからだろう。

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技術を、学術・芸術の地位と国家が同列にする国からのお客さんを伊勢・志摩に招く

1980年代には、帝国ホテルのムッシュ村上、ニューオオタニの小野シェフの名はフランスの料理人の耳に入っていた。そこに志摩観光ホテルの高橋シェフも名を連ねる。毎年、三重調理専門学校を訪れて実習を教授するカバレロ教授が、3つ星レストラン「ポール・ボキューズ」でシェフを務めた頃である。教授との10年来の約束で、714日、志摩観光ホテルに伊勢海老と鮑の料理を食べに出かけた。ラメール樋口宏江シェフ、椿知也シェフ、平田昌宏ソムリエが顔を出してくださった。

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カバレロ教授は1993年、36歳でMOF(仏国最優秀料理人賞)を受賞されている。MOFは、4年に1回の選考、SORBONNE大学で関係者が集う中でのスピーチ、のち大統領が開く晩餐会に招待され、受賞される。1924年に第1回が受賞され、ここに調理技術が学術や芸術と同列の評価システムとして仏国は確立した。世界のいずれの地でも、MOF受賞者と言えば通用する。真の技術力は知識力の結集によるところとの考え方が根底にある。

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翌日は、伊勢市楠部にある神宮神田に教授を案内した。3町に及ぶ神田を守る山口剛氏にもお会いでき、色々お話をきかせていただけた。神宮2000年の神饌の中心になる稲を教授に見ていただきたかったのである。後、五十鈴塾に荷を置かせていただいて、内宮参拝を行った。

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渡邊明教授を迎えてのみえ食文化研究会勉強会

農商工(学)連携で三重県の産業起こしに全力をかける渡邊明教授(三重大学名誉教授)に、72日に大川学園で開くみえ食文化研究会勉強会の講師をお願いした。

渡邊教授とは三重ブランド認定委員会で10年ほど前に出会って、その発想の豊かさに魅せられて以来のお付き合いである。

人文学部社会科・商学博士の肩書き、電子商取引や経営戦略そして企業間ネットワークが専門、話をしていると、瞬間冷凍や燻製や粉砕で不要なものを使って求められる製品を作り、県内外での販売ルート開発と、どんどん展開する。空想話でなく、一つ一つ着実に、生産者や加工業者そして販売者を繋げていく。40数年三重の食の民俗調査をし、一方では学園経営に追われてきた私にとって、実に異文化交流で楽しく、しかも次々と刺激をいただけて勉強になる。3.11で考え方や価値観を一変させなければならない時だけに、この勉強会は価値があった。

72日の渡邊教授の講義は、ここをクリックすると動画で聴講できます。
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志摩観光ホテル開業60周年記念晩餐会

平成23514日、志摩観光ホテル60周年記念晩餐会が催された。宮崎英男総料理長、そこにウェスティン都ホテル京都の山田章裕シェフを迎えてのもてなしである。

宮崎シェフは冒頭の挨拶の中で、料理について「伝統と革新の中に食卓に夢を与える」話や、「地産池消が云々される前からこのホテルはそこを追いかけたフランス料理を提供し続けてきた」話を、初代小島鶴吉シェフそして2代目高橋忠之シェフの紹介と共になされた。楽しくて美味な晩餐会の締めくくりの挨拶では、「潤いを与えられるのが使命だと思っています。作り手として、本当に感謝申し上げます」とグランシェフは締め括られた。

この日の料理は、伊勢海老・志摩産黒鮑・松阪牛フィレ肉のポワレ、そして三重県産甘夏蜜柑と、伊勢・志摩の食材で工夫したこのホテルならではのものであった。ソムリエが選んだワインと共に十二分に豊かな時間を満喫させてもらった。

山川有一総支配人そして宮崎総料理長をはじめとする志摩観光ホテルのスタッフの皆さん、有難うございました。そして、おめでとうございます。

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前葉泰幸市長がピッコロを訪問

平成23428日、つい最近の選挙で就任されたばかりの新市長を、調理経営学科2年生(三重調理専門学校)が担当する津駅西口前の実習店“ピッコロ”に案内した。

学生達は突然の訪問に、幾分緊張気味で迎えた。1210分頃でもあり、好評のバランスランチ500円也を2個買い上げていただいた。

開店日にはいつも列を作っていただいているお客さんから、「市長がんばってくださいね」の支援の声も聞かれ、にっこりと応えられ、慌しく次の訪問先に向かわれた。

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ネパールの生神「KUMARI」

平成2210月にネパールを訪問し、ヒンズー教寺院を幾つか訪れた。ドウルカの神の入れ替わり、生き神の「クマリ」の住する寺院もある。ルーツの問題から釈迦族で、32ほどの条件を満たす女の子の中から選ばれて神となり、初潮がはじまるまで人々から尊敬される。かつての王も、現在の大統領もお参りにくる。中庭の3階から1日数度顔を出すというので訪れた。私の同行者は、私以外7人が僧侶、奇しくも顔出しに、「ナマステ」を読経のように繰り返して唱えた。

同じヒンズー教寺院でも三種三様、変わらないのはその信仰心の民衆の熱さである。理趣経の初段にある清浄偈の「オン・マニ・フェネ・フン」の読誦が高い音声でスピーカーから流れる。お祭りの行列に遭遇したビンディパシニ寺院は、まさに先ほど生贄の供え物がなされたようなヒンズーそのものを感じた。

堂の周りが観光用製品の店が取り巻いている目玉を描いたボーダナード寺院も訪れた。この一角に、1950年のチベットへの中国侵略で逃れてきた絵師養成所を兼ねた即売場もある。境内で、日本の昭和20年代の生活を営む居住地区を有する旧王宮跡もある。観光用でなく、代々の文化の継承で、そこに観光客が勝手に入り混じっている。

帰国して、友が、「40年前の川喜田次郎のマナスルの報告書に、同じ生活が写真付きで」と連絡してきた。1976年著で、1953年マナスル登山時を記した『ネパール王国探検記』を開いた。トレッキングで感じたことも含め、生き方としてこれでよいのだろうと感じた。

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カトマンズでロータリー

平成2210月下旬にネパールを訪れた。現地で同行の通訳が、5年前に会社を立ち上げ、今、カトマンズ・ウエスト・ロータリークラブの会員であることが旅の途中で判った。同行者8人中4人がロータリアンで、話が盛り上がり、例会か事務所に顔出しをということになった。今回はトレッキングが主たる目的のため、服装が整っていない。また、バナー(小型の会旗)の持参も無いことで戸惑った。だが、例会には日程の関係で調整できないため、事務所へということになって訪れた。

事前に連絡していたようで、会長・直前会長・次期幹事、そして、橋本総理の晩餐会に参加したという75歳のチャターメンバーが待っていてくださった。話は花咲き、あっという間に小1時間たっていた。バナー交換(我々は後日送る)、メークアップカードにサインまでし週報と共に渡してくださった。帰り際に、何かのロータリー奉仕に役立てていただくように100米ドル贈って別れた。旅先で思わぬ友情とめぐり合えた。

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数学者の秋山仁教授とレセプションで席がお隣り

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全日本私立幼稚園連合会東海北陸地区教育研修大会という8県下の教員2500人規模の研修大会が浜松市で平成22729日・30日と開催された。初日の記念講演が数学者で理学博士の秋山仁教授であった。

その夜のレセプションに招待を受けて参加したところ、教授と同じテーブルでしかも隣りに席を設けていただいていた。講演もそうであったが、一言一言確信を自らも得ながら言葉を選んでお話される方と感じた。とはいえ、随分回りにも気を使われ、相手に合わせた話題を提供される。例えば、東京にあった三重県の学生寮「昭和学寮」に出入りしていた関係から三重県に知人が多いとか、8月には津高等学校に講演に呼ばれているといった具合である。しかも、何事にでも興味を抱き、魅力を感じればチャレンジされ、おまけに、「努力の継続をしよう」と語られる。  特殊能力保有の方なのに俗人の私の心に響く生き方があった。

翌日、12の分科会の他に開かれるPTA大会も秋山教授が講師をされる。保護者向けの要望も入れるとの事で、そこに私も聴講させてもらうことにした。

現在、東洋大学教育開発研究所所長をされたり、全国幼児教育研究協会理事をされたりで、幼児期からの子どもの教育について確たる指針を持ってみえることが嬉しく、頼もしい教授である。

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秘密のケンミンSHOW」三度出演

三重県においては毎週木曜日に読売テレビ系列で放映の、“秘密のケンミンSHOW”の取材を、4月16日に受けた。放映予定は、527日で、今回は「鮑」である。

私が出した『三重県の食生活と食文化』(調理栄養教育公社・2008)を読んでくださった佐藤ディレクターが今回も担当であった。講演や授業は馴れていても、質問に対して、カメラとライトの前で30秒とか60秒で言い表す難しさを今回も感じた。

しかし、前回の放映で、40年振りに連絡をくれた同級生が2人もいて、全国ネットの人気番組の凄さを感じた。次は如何なる出会い再会があるか、5月末以降が楽しみである。

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絵本作家“服部美法さん”たちの個展

服部美法さんの「絵本の原画の魅力展」が、平成2224日から7日まで、県立美術館県民ギャラリーで開催された。服部さんは、『もりの ちいさな はいしゃさん』と、第二弾『やくそくの おはなし』(共に山画廊の出版)の絵本作家である。2冊とも、絵が鈴鹿出身の服部さん、文は桑名出身の上平川侑里さんのコンビである。3年前に今回と同じ県立美術館で2人の作品を知り、以来、個展に、四日市、名古屋と観に行くようになった。昨年は、我が大川幼稚園の保護者にも彼女達の作品に触れて欲しくなり、PTA講演会の講師として2人に来ていただいた。

私が訪れた日、津市では珍しく雪降りとなったが、2時から行われた読み聞かせ会に60組以上保護者と子どもたちが集まったそうである。私が美術館に着いたのは3時半頃であったが、まだサイン会が続いていた。服部さんの絵の持つ力の凄さが、保護者に伝わるそこに見習うべき面を教えられた。伊勢形紙修法とでもいおうか、膨大な形紙を併せながら作品を描いていく技法だそうである。会場に見えていた服部さんのご主人に聞くと、作品に取り組んでいるときは凄い集中力のとのこと。さらに伸びられる作家さんである。

次の個展は34日から14日まで、四日市近鉄西口近くの山画廊(℡059-351-0773)とのこと。

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   中央が服部さん、右が上平川さん、左が山画廊オーナー

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津観音寺での節分会(せつぶんえ)

2月3日に先駆けて、日曜日の1月31日(日)に、観音寺境内で恒例の豆まき神事が行われた。今回は、津南ロータリークラブ会長としてこれに参加させていただいた。

僧侶を先頭に、山伏、京都から駆けつけた祇園の舞妓さん、津クイーン、鬼、そして裃のわたし達と20人が行列を組んで境内に入る。この20人は、内陣において観音寺を守る大宝院の岩鶴密雄僧正からお祓い受ける。のち特設の舞台で、3人の山伏が集まった市民を祓い清め、続いて鬼押さえの儀式となる。元来は、鬼を叩き殺すほどに棒で打ったようで、明治になって中止となるほど残酷な儀式であった。

一連の儀式が終わったあとは、元気一杯「鬼は外、鬼は外」の掛け声で、一斉に袋いり豆まきが始まる。福を求めて集まって広い境内を埋め尽くすほどの市民。その熱気に圧倒され、逆に元気をもらった。明日の2月3日の節分会には、正式に再度ご祈祷をされる津観音寺である。

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  津商工会議所副会頭の油正社長川端治夫氏とともに

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食彩フェスタinつ

平成22111日、津市のメッセウイングで「第三回 食彩フェスタinつ」を開催した。主催は、“津市地域特産品活性化実行委員会”と幾分固い名称だが、津市当局(商業労政振興課・農林水産農政課)と民間の合同事業で、私がこの委員会の会長をしている。

とにかく津市の特産物を知ってもらおうと、農産物から和洋菓子組合そして農協や酒造組合と、計66社による色とりどりの出展と直売ブースを設け、地産地消も訴えた。

併せて、「食育」も含めてのステージイベントである。私が担当の「三重県の食生活と食文化」の講演、味の素担当の「味覚教室」、森野熊八氏の地産地消「料理人森野熊八さんのクッキングショー」、㈱池田屋担当の60㌔もの大鮪を使った「マグロの解体ショー」、刀根菓子館の鈴木信春氏と寺山直樹氏による唐人踊りを模った「飴細工の実演」を一日かけて催した。

市内の大里小学校・香良洲小学校・辰水小学校・保健センターの食育啓発・展示パネルコーナーも開いた。

おかげで、昨年に引き続き3万人の方に足を運んでいただけ、主催者として感謝、感謝である。

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宮坂宥勝先生の米寿のお祝いを山岳部OB会で

 平成211126日、恩師の米寿のお祝いをしようと、高野山大学山岳部OBが、長野県岡谷市の先生の自坊“瑠璃院照光寺”に集まった。祝宴は諏訪神社下社近くの温泉とした。

  大学2年生になる時、突然山岳部主将に選ばれた私は、その足で、大学で最も尊敬していた宮坂先生に部長をお願いしようと3年生の先輩と高野山のお宅を伺った。

  岩と雪を取り入れた山岳部へと意気込んではいたが、それゆえ引き受けていただけるか否か心配と緊張をしている私達に、趣旨説明を終えたとたん、にこやかに「いいですよ。驚くような凄い活動をしてください」とのお言葉を下さった。以来、山登りでも学問でも何に付けても、一端取り組み始めた事は全力で求め続ける生き方を教えていただいた。

 部活も活動的になり、初年度は部員全員が登山の基礎基本を、3年生の冬山は富士山合宿、4年生の冬山は穂高岳合宿、卒業後はOB会で“ネパール研究会”を結成し、当時知られていないロールワリン渓谷に取り組んだ。個々人も、会う度に誰もが人柄と生きる力を付けていることが確認できるほどの成長が続いた。僧籍者の殆どが、毎日護摩を焚き、自坊の檀家と信者の健康そして家の繁栄を祈る姿勢は、私からすれば凄いが、彼らはそれを当たり前として今も続けている。

 先生は、のち、名古屋大学教授、真言宗の智山派智積院化主(官長兼)と歴任されたが、私たちとの関係は学生時代と変わらぬ姿である。私などは、仲人も父の葬儀の導師もお願いした。哲学者梅原猛先生との親交も深く、宮坂先生宅で、私もご挨拶をさせていただいた事がある。

 今は、インドのプネー大学に留学されて印度哲学博士号をそこで取得されたご長男の宥洪僧正が照光寺住職、先生は長老となられ、ご夫妻仲睦まじく幸せな日々を過ごされている。私達10人は、翌朝、諏訪大社三社を参拝し、再び先生にご挨拶に伺い、そこで解散とした。

学生時代にタイムスリップしたような、楽しい貴重な2日間であった。

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熊野古道にて

 熊野古道歩きに出かけた。
 JR「あたしか」駅に車を置き、波田須の道を越して、叙福の宮に立ち寄り、小さな集落を歩いていると、「天女座・コーヒー」の小型案内板が目に入った。急で長い階段を登って暖簾をくぐると、そこに異世界があった。2階は、和風ライブハウス室と灘が望める喫茶室。音楽家の矢吹紫帆さんがエプロン姿でみえた。
 音楽雰囲気たっぷりの中でコーヒーの待ち時間に、つい、ジャズやオーケストラそして仏教音楽の声明が話題になった。飲み物を運んでこられた矢吹さんを交え、声明とのジョイント話を聞く。ライブ用の部屋で、さまざまな楽器の説明を伺い、チェンバロそしてピアノの即興演奏までしていただき、古道歩きを忘れる時間を過ごした。但しこのあと、大吹峠と松本峠を越えて熊野の市街地まで歩く。
 今回は、紀勢線のトンネル掘りに技術指導で参画された昭和2年生まれの渡辺昭広さんと偶然の出会いがあり、長期に渡ったトンネル工事のお話を聞かせていただいた。開通の翌昭和35年に和歌山・白浜・熊野・尾鷲を経由して津まで鈍行の旅をした私だけに、興味深いものであった。
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              9月22日 天女座にて
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服部幸應先生が三重調理を訪問

  4月17日、三重県総合文化センターの多目的ホールにおいて、「三重健康・食育フォーラム」が開かれた。料理研究家で全国調理師養成施設協会会長の服部幸應先生は講演、料理人の森野熊八さんはクッキングショー、マックスバリュからは“みえ地物一番”の紹介、大学教授も1人加わり、そして私は三重の風土と神宮の御塩の紹介とそれぞれが持ち時間を担当した。
 服部先生と私は、先の調理師養成施設協会の会長・副会長を2期コンビで組んでいた事もあって、この時、三重調理専門学校の直営店「ピッコロ」に立ち寄られた。この店を担当する調理科2年生が迎え、記念写真という学生にとってラッキーなプレゼントもあった。

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「秘密のケンミンSHOW」に出演

 木曜日夜9時から日本テレビ放送で、みのもんた・久本雅美の2人が司会する「秘密のケンミンSHOW」に私が少し顔を出す。

放映日は、平成21年7月23日が「あられ茶漬け」、8月13日が「煮魚の煮汁を飲む」の2回である。
三重県下では一般的でも、他県から見ると「何それ?」と感じる文化として扱ってくれている。それぞれのディレクターが私の出した『三重県の食生活と食文化』を読んでくださって、民俗学を心するものとしてのコメントをと求められた。しかし、一つ応えると、さらに突っ込んで「どうして」・「何故」と深く質問をする2人であった。



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立松和平さんと『岳人』

山岳専門誌『岳人』2009年3月号(東京新聞)に、立松和平さんが「百霊峰巡礼:御在所岳 登山道は蘇る」を掲載。
取材は秋で、三重県山岳連盟前会長の田中均さん、同山岳連盟副会長の根元幹雄さんそして私の3人で、立松さん一行をこの山に案内した。その2ヶ月前の9月2日、2時間で7百mlといわれる集中豪雨で谷筋が3〜4m抉られ、その復興の姿も見てもらいたかった。
主体は勿論、密教と修試道の二つの宗教が関わった姿のそこの案内であった。
『岳人』出版されて、当然のことなのだが、作家のものの見方と表現の仕方の素晴らしさに感動した。夜の団欒も、登山中も、語り方での間のおき方から総てTVで見る通りで好感度アップの方であった。

そうそう、登り始めで若いカモシカと出会い、写真が『岳人』に掲載。



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兵藤ゆきさんの「兵藤ゆきのハッピーにゆきねー」

 パーソナリティーの兵藤ゆきさんは、ファッションモデル・歌手・そして作家として活躍。  平成21年3月6日に津市に講演に来ていただき、三重県私立幼稚園協会PTA役員の皆さんと記念撮影。 その縁で、4月1日から始まる東海ラジオ放送・毎週土曜日午後1時からの「兵藤ゆきのハッピーにゆきねー」のタイトルコールの相談を受ける。東海三県の私立幼稚園児の元気で明るい声であればどこの幼稚園でも協力できるとの提案をする。そこでまずは大川幼稚園ということで、MDに録音して送った。
 東京のスタジオからの生放送で、東海三県に流れている。アメリカで7年間子育てをされていただけに、母親へのメッセージも多い。  最近の著書に『子どもがのびのび育つ理由』マガジンハウス・2008年4月。『脳を育てるからだ遊び』ビジネス社・2008年12月。

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