素晴らしい位置での叙勲をいただけた “田中さんおめでとう”
令和3年12月5日、私より一回り上の田中均さん(92歳)のお祝いで、鈴鹿サーキットホテルに集まった。「旭日双光章」受賞祝いである。奥様の代わりに2人の娘さんに出席いただけた。受賞推薦は三重県山岳スポーツクライミング連盟(以下「県岳連」)である。県岳連会長以下5名も花を添え、55人が集まった。
私事以上にこの受賞が嬉しい。その昔、県岳連の若手二人から、「県岳連一変強化に田中さんを会長にしたいが強力な山岳会が作れないか?…すべての体制は整えたのだが…」と熱のこもった相談を受けた。私は会長をしていた三重山岳会解散を会員と話し合い、田中さんが会長をする大東紡績山岳会を解散していただき、そこにアラスカの冬山経験者とスイスでアルバイトをしながら1年間登山して帰国した2人にも参画を呼びかけ、鈴鹿市拠点の“鈴鹿山岳会”を結成した。一方、県岳連に登録するとすぐ田中さんは県岳連会長に就任となった。以来10幾年かの会長就任期間中、県岳連行事は、海外遠征も含めほとんどすべて参加である。私より一回り上だが、私たちとも一緒に北アルプスも含め四季の山の行動である。氏にこの裏のいきさつを話したのは、鈴鹿山岳会創立20年史作製の時で、非常に驚かれた。登山もスキーも12歳上の氏と私がいつも互角で、他人からは「仲の良い同級生がご一緒でいいですね」とよく言われた。
以前、私が会から推薦いただいて環境庁自然保護寄与功績賞を受賞したが、今回の叙勲の準備で氏自体がこの賞を受けていないことを知った。氏らしい、氏の人柄が窺い知れる話である。私にとって、この素晴らしい氏と半世紀以上共にできたことは宝であるとつくづく思う。
とにかく嬉しい「おめでとう」…そして現鈴鹿山岳会会長夫妻の心ある企画に感謝である。
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