学校法人 大川学園
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国体準備委員会と第6回総会が終わって思うこと

 来年7月に正式に決定がなされると知事からの説明が、そして常若国体イメージソング「未来に輝け」とデモンストレーションスポーツ選定の発表が、731日ホテルグリーンパーク津で行われた。国体は県主導型で準備は着々と進んでいる。振り返れば、50年前の準備も同様で、開催年は全国1位だった。しかし直ぐに30位台、やがて40位台に落ち着いた。今再び1位を目指して向上させている。県民としては今回この機会を利用して、20年後に15位~20位キープにつながる国体準備であってほしいと願う。

100㍍で県下1位を2年とか3年連続で取る実績を上げている小学生の民間陸上クラブに聞いたところ、県からの奨励資金援助は無いとのことであった。県に資金が無いなら、毎年開催される小学生陸上競技の県大会で優勝・準優勝したとき、これをマスコミまかせでなく、公に幾種かで称える機会があってよいように思う。国体準備委員会組織がある今、小学校5年生から高校を終わるまでの県下123位、全国なら20位までの情報は入るはず。これを“県政だよりみえでなく新聞各社の三重版で年4回程1頁確保し、「大会名・競技分野・順位・氏名・顔写真・学校名・所属クラブ名」等の公表制度を確立出来ないのだろうか。モチベーションを高め、持続させることは小学生時代からの励ましの連続性だと思うゆえである。小学生アスリートを高校卒業まで、県民挙げて形をもってまずは支援し続けてあげたい。結果、10年後の三重県の競技スポーツ振興が求められ、しいては常に20年後につながるはずである。何事も企画は県主導型三重県ゆえかなわぬ…夢かな。

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保育園での4月1日からの保育に思う

  久居保育園では始業式は無く、保護者の皆さんの仕事の関係上41日から平常保育が始まる。教員にとっては、年度変わりの担当の切り替わりで、保育室の受け入れ環境作りが実は出来ない形である。保育園は、教育環境配慮は不要で、怪我無く預かればよいとの感覚が未だにあるためだろう。

ただ久居保育園は、教育を意識した環境で0歳からの育ちを考えているため、年齢別保育をしている。久居保育園を修了した子どもたちは、私立の幼稚園の保育と教育の両環境で育った子たちと同じ位置での小学校の出発を創立以来目指している。ここに、年度の終わりに保護者の皆さんの理解を得、2日間を切り替えの準備のためとし、慌しくても新しく進級する園児を受け入れる新年度の環境作りをさせてもらっている。

中央教育審議会・教育課程部会が昨年8月にまとめた答申から、小学校教育へスムーズに接続する新保育指針の検討は実態を何処まで把握してなされているのだろうか。久居保育園の儀式は、43日(月)の入園式から始まった。

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“保護者招待”卒業前の2年生企画

 平成29224日、三重調理専門学校2年生の学生が、お世話になった両親等保護者を招待し、フルコースでのもてなしをした。50名ほどの参加ゆえ、2班に分けてのサービスで、これまでの成果を見てもらおうという企画である。

 彼ら彼女らは、この春、調理師免許とホテルレストランサービス技能士そして製菓衛生師及びふぐ免許と、努力した学生はトリプル・プラスワンの免許や資格を取っての卒業である。それだけに力を入れて、保護者への感謝のサービスで、調理場、配膳、サービスと互いに連携をとっている姿は少し緊張気味ではあったが、感じの良い雰囲気を醸していた。

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園児たちの生活発表会

24日(土)、三重県文化センター大ホールにおいて、午前は大川幼稚園、午後からは津西幼稚園の、1年間の成長を保護者に披露する生活発表会が行われた。共に、年長児の鼓笛隊から始まるが、毎年ここで私はこの子達の成長の素晴らしさに感じ入ってしまい、涙が溢れてしまう。

舞台裏の廊下を歩いていると、にぎやかな歌声が控え室の一つから聞こえてきた。設置されたモニターを見上げながら全員が歌って踊っている。担任から「隣のクラスの子ども達の演題です。」と聞かされる。今のこの子達の凄さは、楽しいと感じればその吸収力は倍増することである。

発表会が終わってから繰り返して行われる「発表会ごっこ」では、全員で全部の役を演じたり、持ち場を替えて演じたりアレンジしたりと楽しむ。幼児教育はこの繰り返しの遊びの中に、教育的配慮を加えて一人ひとりの自信を付けての成長である。日本の自然界の共生と循環にも似た感性と知性の集積法である。教科別で知識や体験の積み上げ式の小学校教育と幼稚園教育の両者がより必要な時代に入ったと私は思っている。

何れのクラスの子達も、無意識なのだが自分の成長を保護者に見ていただくことに実にわくわくして舞台に立っている。演じ終わると、「わー、楽しかった」とニコニコ笑顔で輝いている。

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凧作りとダンボールコマ作り

 122日、津西幼稚園で日曜参観が行われた。35歳児は凧、4歳児はダンボールコマを保護者と共に制作。開園当時からの催しで、日本の伝統遊びの楽しさを親子で楽しく体験する目的である。

普段から縄跳びは全員で、かるた遊びやコマ廻しにもチャレンジ、他にも日本の伝統遊びを先生方は大切にしていてくれる。

園児が先に絵を描いた和紙に竹ひごと糸とのりを使い保護者と2人で作業・・・凧あげはクラス単位である。紐のバランスのとり方や尾の長さの調整が難しい。微風だが風と逆にわが子を走らせる方、子どものスタートに合わせ凧を空に投げるように離す姿も見える。

制作の時も含め気付いたことがある。今日の30代、40代の保護者はわが子と一緒に過ごす時間取りを積極的にされる。だが我々、この親御さんを育てた世代、即ち昭和50年代の親はそれがあまり無かったように思う。日本の伝統遊びを継承する場が無かったと気付く。次年度の幼稚園としての課題の浮上である。

凧作りも運動場で走り回る姿も、親子とも生き生き輝いている。4歳児の部屋ではコマ廻し大会の声援と笑い声で盛り上がっている。寒い日であったが心温かな時間を過ごした。

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三重県3B体操協会45周年記念大会

 1123日、伊勢市サンアリーナで表記の記念大会が開催され、県レクリエーション協会長として挨拶をさせていただいた。1,600人もの幼児から高齢者までの会員の記念すべき集いである。

最高齢者の90歳の方が表彰を受けられたが、そのはつらつさに魅せられたのは私だけではないだろう。式典に続き、指導者が全員を牽引する体操に知事も飛び入りをされ、私も参加させてもらった。その後、幼児そして小学生と続き、市町単位の大人の演技へと続いた。

超人的アスリートの極を追求する国体を支える体協、それを盛り上げるに必要な県民一人ひとりにあったスポーツの普及を目指すレク協、この両輪の調和が大切である。それが“健康県”を目指す三重県の最大のテーマである。その一角を一歩一歩成らしていくに相応しいと感ずる大会であった。そして参加者の皆さんの、とにかく姿勢が綺麗で、テキパキとした動きに感動させてもらった。

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津西幼稚園親子ふれあいコンサート

 1119日、津市河芸公民館ホールで三重県警音楽隊の皆さんからの音楽のプレゼントがあった。少し遠くだったが298名の親子が出向いてくれた。

1部は交通安全のお話でマスコットも登場し、現役の警察官の皆さんだが楽しく教えてくださった。2部はコンサート、演奏曲は“トライ・エヴリシング”に始まり、忍たま乱太郎の“勇気100%”“小さな世界”と続き、子どもたちも手拍子と歌声で乗りのり。ここで楽器の紹介を兼ねそれぞれが1曲、フルート・クラリネット・サックス・フォルン・トランペット・トロンボーン・チューバ・パーカッションと奏で、子どもたちは感覚で捉えて反応している。後半は“パーフェクトヒューマン”、ラストは“名探偵コナン”。アンコールで前に招かれた子どもたち、曲を楽しんでなかなか離れない感激ぶりである。

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中国の幼稚園長が26名視察

 1018日、津西幼稚園に中国広州市から園長及び主任の先生達26人が視察に訪れた。9時から保育視察で、天候も良く、ほとんどの園児は外に出ての自由保育から見ていただけた。山の道を使ってリレーをする子ども達、三輪車や自転車のグループ、ドッジボールをするグループ、鉄棒等の機器遊び等どれも興味深々で見学されていた。

10時からホールに集まり、園の概要や教育目標等をパンフレットで、1年間の生活は映像で紹介。後、各クラスの保育現場を3班に分かれて視察。1040分再び戻っての質疑応答では、山の中のセキュリティ方法や危機管理、或いは鉄棒や跳び箱でランクが上がるとシールを貼る手帳に気づいての質問、教育環境設定の理由に至るまでさまざま。

大川幼稚園が今週末の運動会の練習に来ていたため、こちらも興味をもって記録取りをされていた。11時頃、年中児が歌のプレゼントでの歓迎、その後記念写真を撮って終了。中国の一人っ子からの脱却と今後の幼児教育施設の充実、教員のレベルアップがその裏面に在る視察を私は感じ、見ていただけるものは総て見ていただけたと思っている。

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赤い羽根に大川幼稚園児も協力

 103日、津駅東口に大川幼稚園児23名が赤い羽根の募金運動に立った。朝750分からのセレモニーでは、知事と市長、そして中川三重県共同募金会会長からも、子ども達に向って「朝早くから協力ありがとう」の言葉がけも有り、園児は緊張から笑顔にドンドン変わっていった。その延長で改札口を出てくる人々に向って、「ぼきんをおねがいします」と声を合わせての呼びかけとなった。募金箱に協力してもらうと、「ありがとうございました」の声はさらに力が入っていた。羽根を渡すときはそれでもどの子も緊張の様子で、それがまた可愛い。

この経験は後日、素晴らしい芽をふかせるだろう。高野山の奥の院入り口で、高校時代、ある分野の基金集めで街頭に1週間立ったことがある。実にさまざまな協力者を得て感動したり、逆の体験でショックを受けたことがある。それは後日の私に実に良い影響を与えてくれた。今回の子ども達には幼いためあまり記憶に残ることは無いだろうが、小中高校へと進学していく中で、駅に立ったこと、募金を入れてもらって嬉しかったことは思い浮かべてくれるだろう。それは次なる一歩の良い経験につながるはずである。

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津西幼稚園の運動会

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 天候の関係で、92425の両日を使って“津西幼稚園の運動会”が行われた。幼稚園教育は、小中高等学校教育とは環境設定も手法も、目的も根本的に異なる教育である。しかも幼稚園と小学校の教育の接続性が、その後の人生に影響することは学者の通説になった。

3歳児にとっては、「ようい!」ドンで走ること、テープを切ること総てが凄く難しい体験で、勇気や決断力も考慮した教育環境配慮がなされる。そして幼稚園では、運動会が終わってからが重要で、その翌日から“うんどうかいごっこ”が組まれるのもその一つである。喜びや充実感は次なる夢につなげる。園児一人ひとりの思いの連続性から組まれ新たな力の芽生えにつなげていく。即ち、人への成長の基礎力拡大の連続性こそ幼児教育である。幼児期の教育的介入によって、30代にスキルの必要な仕事に就く比率が高くなる論文は幾多のノーベル賞学者が発表しているところである。

運動会に限らず幼児の活動は、何時も私にも凄い感動とパワーを与えてくれる。津西幼稚園は終わったが、大川学園では10月に入ると運動会が目白押しである。1日が幼児舎大川と乳幼児保育園、8日が久居保育園、そして22日の大川幼稚園と続く。

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みえのスポーツフォーラム

 94日、三重県総合文化センターで「みえのスポーツフォーラム2016」が開かれた。1部は地域スポーツ推進特別功労者として、私が会長をしている三重県レクリエーション協会所属の、ユニカール協会理事長である小林茂氏が表彰を受けた。続く2020年開催のみえ国体マスコットキャラクター命名の受賞式では、大川学園の学童トムソーヤ生(小3)の大西杏奈ちゃんが「とこまる」と名付けて応募し、表彰を受けた。共に喜ばしい出来事で写真を撮ったが、フラッシュなしで少々ぼやけてしまった。

2部は、リオ五輪三重県出身選手への県民栄誉賞等の表彰、その後の報告会と鈴木知事とのトークセッションで、裏話やリオ五輪への思い、抱負を吉田沙保里選手や土性沙羅選手等8人のアスリートが語った。中でも吉田選手の一言ひとことには、実にさすが団長と思わせるさまざまな気配りが有り、素晴らし人柄を感じた。

この催しは公募で、スポーツ少年少女達も多く参加していただけに、五輪での皆さんの活躍が三重のスポーツの底辺をドンドン膨らませ、夢を抱かせてくれていることを肌で感じ取れた。

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100㍍を早く走れる講座

秋を迎えると運動会シーズンになる。運動能力の優劣とは別に、少しでも早く走れるようになりたいとの願いは誰しもある。

826日(金)、大川学園では「走り方教室」を開き、小学生42名が公募で集まった。今回の特別講座は、走り方は歩き方が基本であり、走る姿勢と重心移動の仕方、腕の振り方とさまざまなポイントを個々に併せて指導する企画である。指導コーチは、小学生の陸上競技選手養成の“一志Beast”の監督をしている東 宏明 教諭である。一志Beastは小学生アスリート養成団体で、今日まで県下優勝者を輩出しているだけでなく、全国大会でも優秀な成績を収めている。

今日の講座に一志Beastから、津西幼稚園修了児の西が丘小学校6年生の中垣内稜央君と、5年生の黒古愛果さんが協力してくれた。2人は明日から東海大会に出場するとのことで、忙しい中感謝感謝である。

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我が学園の幼稚園勤務でもう一人、アスリート養成に全力を懸けている者がいる。それは小中学生の相撲道場を主催して全国大会に選手を送り出し、優勝者を出している。以前ブログにも載せたが、バスと自然環境担当の椿本治夫氏である。共に子ども達の未来のため、一生懸命に取り組んでいる。

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8県の私立幼稚園の教育研修in四日市

 728-29両日、東海北陸地区8県の私立幼稚園の先生1,878名が四日市に集い、教育研究が行われた。初日は全体会、ヴァイオリ二ストの岡本彩香氏を迎えての三重ジュニア管弦楽団による“熊野古道テーマ曲”演奏のウエルカムステージで幕開け。実行委員長の藤内隆志三重県会長の挨拶に始まる開会式に続いて、教育評論家尾木直樹氏の“幼稚園から大学までつながったカリキュラムで日本の教育のレベルアップ”を熱く説く基調講演へと続いた。

 今回のメッセージは“育てよう 未来に生きる力を”で、「前略・・生まれながらに持っている伸びようとする芽を丁寧に見とり、引き出し、支えて援助し、見守っていくことが私たち教師に課せられた役目です。・・中略・・私たちの愛と心、教える力と技術、私学の独創性を結集し、自分を磨き、保育の質を高め、子どもたちの明るい未来を創る扉を明けましょう」である。

 2日目は、第1分科会の「多様な子どもの受容とクラスの育ちを考える」から第12分科会の「この先の幼稚園教育を考える」の各分科会に分かれての研修。一方、PTA大会も同日に開催された。

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0歳から6歳まで集って“夏祭りごっこ”

 726日、“夏祭りごっこ”が大川幼稚園2階ホールで開かれた。参加者したお友達は、大川幼稚園延長保育くろーばー組の66名、大川学園幼児舎大川の24名、大川乳幼児保育園の24名と、計114名の大所帯である。くろーばー組の年長児と乳幼児保育園児、くろーばー組年中児と幼児舎のお友だちといった様に、全員それぞれペアを組んでの活動となった。何れのペアも年齢は異なるが、しっかり手をつないで次は何処に行くか確かめあっての移動。「順番、待つんだよ」の声も聞こえる。

ゲットした物を袋に詰め、腕輪に一種毎にシールを貼ってもらうと、また手をしっかり握っての移動。お祭りの出し物コーナーは、金魚すくい、お菓子すくい、輪投げお菓子取り、4種類のお面から好きなものをもらうといった感じである。全員満喫した笑顔でホールで思い思いに座る。次は私の出番のマジックである。素晴らしい笑顔に包まれたこの子たちのお陰で、私も熱が入ってしまう。

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幼稚園のお誕生会で、子どもたちが私の趣味をドンドン広げてくれた。

幼稚園では毎月お誕生会を開催している。平成2871日は7月生まれの誕生会である。学齢別での歌のプレゼントに始まり、保護者からの一言や先生達の劇と続く。

古い話だが昭和55年に私は園長になり、お誕生会で子ども達に何かプレゼントをしなければならなくなった。そこで、高校時代に覚えたギターを猛特訓しなおした。そのおかげでカントリーウエスタンやロックのリズムで“ドレミの歌”や“おもちゃのチャチャチャ”を歌う楽しみを知った。子ども達にのせられ、やがて動物漫画を練習し、歌の題名をそれで表現するようになった。子どもたちが毎回誕生会のギターを楽しんでくれていると思っていたら、「またギター」の一声が飛んできた。そこでマジックを練習すること30年の積み重ねとなった。

何時だったか誕生会前に保護者の方に観てもらうため、年長児がザリガニをスケッチしていた。絵の好きな私も隣で描いたが残念ながら子どもたちのように生き生きした姿でなかった。そこで好きな登山に行く度に水彩画で1枚山の姿を描いて帰るようになって、子ども達に見てもらうこととした。今ブログの「スケッチ」に出しているそれである。

お父さんやお母さんが子どもと共に成長するが、私も同様に今に至っている。

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幼稚園児に調理経営学科2年生が食育教育実習

 223日、全国調理師養成施設協会の「食育インストラクター」資格取得の単位取り授業の締めくくりとして、幼稚園年長児対象に調理経営学科2年生による食育教室が開かれた。

まず園児たちは、2階ホールで食べものの分類や、食べたものがどのように身体を通っていくかの仕組みをエプロンシアターで教えてもらった。また、調理生劇団によるお楽しみ劇では、好き嫌いなくバランスよく食べようと赤黄緑レンジャーが登場して、子どもたちは大喜び。その後3階に移り、調理生のお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に和菓子作りを楽しんだ。そして、園児は毛氈に正座し、作ったお菓子を懐紙に取っていただき、抹茶の初体験。調理生にとって、茶道に付いては10時間程度の授業ゆえ、緊張の瞬間となった。そして子ども達にとっても、抹茶を作法通りいただき、とやはり少し緊張であった。

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0・1・2歳児の発表会

012歳児の発表会

 1212日(土)945分から、大川学園5階ホールで、大川乳幼児保育園(012歳児)と大川学園幼児舎(2歳児)の合同“おゆうぎ会”が行われた。1部は保育園、2部は幼児舎、3部は合同でと、劇や合奏そして歌の発表である。何をしても可愛いこの子たちだが、音楽に合わせたお遊戯や先生の台詞に応える表現や合唱、ニコニコ笑顔で皆と併せての無心のパフォーマンスである。

開演早々は集まった150人の保護者の方が緊張、それが子どもたちの表現で笑顔に変化し、次は映像撮りに集中・・可愛い子たちの成長段階が見れる発表会ゆえ、保護者の皆さんも純粋に反応していただける姿がそこにあった。

生まれて天の気を得、翌年度は大地の気を得、3年目(満2歳)には人の気を得てここに“三つ子の魂が育まれる”まさにその時々の成長と個々の主張が素晴らしい。

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全国産業教育フェアで高校生クッキングコンテスト

 111日、県立相可高等学校で全国の専門学科高校生ブロック代表8校が料理技術を競った。全国産業教育とは、職業技術系学科を開設する高等学校のことで、昨日から3日間の催しで、中日の今日は分野別の催しをしている。そして相可高等学校では、第一次審査を通過した8校が調理技術を競い、4人の審査員で判定される日である。全国代表とは言え、10年前と比べると高等学校調理科の水準が随分向上しているので嬉しかった。

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30年ほど前に、2年続けて東海地区産業教育校長会で三重県家庭科部会長代行として年度実績を発表、また、相可高等学校調理科設立以前からも深く関わり、更には高等学校調理科も全校参加する全国調理師養成施設協会副会長を4年務めた者として、内情を知っているゆえに今回のコンテストに参加して思う喜びである。ここまでのレベルアップは、相可高校の村林・森両先生の出会いとその後の2人の努力の賜物による業績であると思っている。

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ドイツの知人が訪問

訪問者は、ドイツの大学で日本語研究科に在籍し、4年前に日本語劇を持って来日し、美杉と津市(三重県総合文化センター)で公演をした中の1人である。

公演後、3人の大学生が単位をとるために大川幼稚園で1週間教育実習をし、この間私の家から通わせた縁である。彼は現在UNIVERSITAT  LEIPZIGの大学院生だが、昨年から早稲田大学日本語センターに来ているとのこと。9月に帰国するその前に、古都奈良に立ち寄って、博多までサイクリングでとのことであった。

この日は大川幼稚園の年長児のお泊り保育日、昼は子ども達と遊んで、夜はインディアンに扮装してキャンプファイヤーまで付き合い、翌朝、伊賀市を経由して奈良市へと向った。

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名シェフの大川幼稚園児

 710日、大川幼稚園見学会参加の2歳児のお友だちに、年長児が給食のサービスを担当。幾分緊張しながらも、「はい、お待たせしました」「今日の献立はカレーライスです」と言葉掛け。最後は、舞台に上がって、「いただきます」。

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力士が津西幼稚園に

7月9日、今回大相撲名古屋場所で近くに来ているからと、40年以上前から小中学生の本格的相撲教室を開いているワニバス担当の椿本治夫先生が2人の力士を津西幼稚園に招待してくれた。

“園児らと相撲を取る力士”として、中日新聞と伊勢新聞に紹介された。

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元関脇寺尾の錣親方と椿本先生が知人ゆえの訪問である。迫力あるぶつかり稽古の披露に始まり、110での子ども達との対戦。みんな興味深々で盛り上がった。質問コーナーに入ると、「なんでそんなかみがた?」「おんなの人でもおすもうさんになれるの?」などの質問が飛び出した。

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 翌10日は、“献血キャンペーン”協力の年長児の鼓笛隊である。イオン津店に朝から出かけ、多くのお客さんの前で今年度初のお披露目演奏。“マイアミビーチルンバ”と“聖者の行進”を披露し、多くの拍手をもらった。秋の運動会までにプラス2曲、そして2月の発表会には5曲の演奏を全園児で出来るまでに発展させていく。音感のみならず、友だち全員で奏でる素晴らしさなど、この時期に育みたい感性体験である。

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学童の最終給食

 大川学園文化事業部の学童「トムソーヤ」は、小学校が長期休暇になると希望者には給食を作る。6年生にとって、最後の給食が327日に振る舞われた。写真はその時のものである。既製品を使わず、半製品も出来る限り使わないことを給食の原則にし、学園本校舎内の給食室で作られている。修了する6年生は全員小1年生からここで過ごした仲間だが、4月になると幾つかの中学校に進級していく。

トムソーヤは、普段学校から帰ってくるとおやつタイムから始まる。この“おやつ”は手づくりで美味しく、お腹が膨れる大きいもので、空いているお腹を満たすものとなっている。その後1時間から3時間、学年によって違うが低学年と中高学年に分かれて学習室で勉強をする決まりとなっている。2階の屋外運動場やホールでの遊び、或いはブロックやパソコンで右脳ソフト・教科学習・タイピングなど、読書はその後、親の迎えが来るまで出来る。

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三重調理専門学校の卒業料理コンクール

 平成27216日(月)、三重調理専門学校学生による料理コンクールが当学園内で開催された。津保健所長はじめ三重県調理師連合会長や三重県調理技能士会長、当学企業協力会長(志摩観光ホテル宮崎元総料理長)といった食のプロ9人が審査員となって学生の作品評価がなされた。県内のホテルや専門店からのプロによる作品10数点も出品され、学生作品と対比できる企画となっている。

 出品規定は、展示スペースは90㌢平方、材料費3,000円以内、器等は各学生が自分で選んだ物を準備、既製の食品類の持ち込み禁止、調理・製作時間3時間以内+当日朝の盛り付け等の時間、といった制限である。学内2箇所の調理実習室で前日に調理だが、鮮魚等生ものは当日朝7時からの作業である。今年も10時の一般来館の開始で、満室状態から始まり、時間と共にゆったり見ていただけた。プロと対比すれば当然差はあるが、学生達の基礎を大切にした調理技術レベル向上が見られたことは嬉しく、誇れる。

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幼稚園児は行事満載を余裕で

 116日、昨日雨で流れた三重県警察年頭視閲式に代わって、忙しい中、婦警さんたちが三重県警察のマスコットキャラクター“ミーポくん”を伴って大川幼稚園を訪問してくださった。園児一人ひとりと握手会をするというので、笑顔を撮りたくてカメラを持参した。

この日の年長児は保護者参観日で、アラ先生を囲んでの英語の授業が入っていた。一方、来週月曜日に津の海で行われる凧揚げ大会に向け、自分たちで作った奴凧の揚げ方練習も2階運動場で行う日であった。それが全て午前中ゆえ、カメラを持参した私は、あちらに行ったりこちらに行ったり。

忙しいはずの年長児だが、余裕の笑顔でゆったり一つひとつの活動をこなしていく。今の子どもたちのこの対応力は、時代を乗り切る力になる。午後は2月の発表会用の鼓笛演奏とクラス別オペレッタの練習が組まれている。

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乳幼児たちの「おゆうぎかい」

 1220日、大川乳幼児保育園(012歳児)と大川学園幼児舎(2歳児)の合同遊戯会が催された。0歳は先生に抱かれての顔出しだけだが、12歳児は歌を歌ったり、カスタネットや鈴を持って合奏したりする。劇もする。

本当なら保護者の腕に抱かれていたいのに、保育園児は「おおきなかぶ」幼児舎児は「ブレーメンの音楽隊」で、どの子も個性一杯の表現が実に愛くるしくみごとである。

生まれて天の気を得、翌年は地の気を得、その翌年には人の気を得て「三つ子の魂」を宿すと昔の人は言うが、まさに人としての主張をどの子もしっかりして素晴らしい。

2階ホールに、お父さんやお母さん、そしておじいさんおばあさん、兄弟姉妹とたくさんのご家族に来ていただいた。長野市からみえたお二人が終了後、こぼれる笑顔で「昨日から泊りがけで来て良かったです。有難う」と声を掛けて下さった。多くの人の愛の基に、一歩一歩と成長をしている子どもたちの姿を実感する幸せを感じた。

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1・2歳児たちの運動会

104日(土)、915分から大川乳幼児保育園12歳児クラスと大川学園幼児舎2歳児クラスの合同運動会が開かれた。

この子たちにとっては初めての運動会である。家では家族の愛情を一身に受けて何不自由なく育った子ばかりである。その子たちが、曲に合わせてどんぐり体操をしたり、一列に並んで用意ドンでかけっこをしたり、曲と友だちにあわせてお遊戯したりこれは大変なはずである。

だがこの子たちは、それぞれの個性を一杯に出してやり遂げるから感激である。後半は、応援に来てくださった保護者の方々や兄弟姉妹の出番で、園児は保護者の膝の上での応援である。閉会前のプログラムは、園児たちの玉いれ競技である。

1人に1人の同伴は、写真撮りと中には抱っこまでと愛情表現は幾分エスカレート。でも、何れの家庭も、この子たちへの愛情表現は素晴らしく、育ちのそれぞれの環境を見せてもらって心豊かになった。

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みえのスポーツフォーラム2014

 9518時から、三重県のスポーツ推進を図るための催しが県総合文化センターで開かれた。幕開けは「平成26年度スポーツ奨励賞」で、三重高等学校硬式野球部に授与された。三重県民に元気を出させてくれた素晴らしさを称えた立役者たちが全員壇上に並んだ。三重県知事も、「選手18名、夢と感動を有難うございました」と、たぶんもう幾度と無く使っている言葉だろうが新鮮な感覚で会場に響いた。広陵戦終盤、マウンドに集まった選手が「アルプススタンドを見よ」と口にしたと、応援の凄さも選手を励ましてくれましたという監督の話も印象に残った。

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続いて、地域スポーツ推進特別功労者表彰。我が三重県レクリエーション協会主軸の鈴木寿子副会長が四日市の野崎洋氏と共に受けた。記念講演は3回のオリンピック出場で5個のメダリストの武田美保さん、その後は高校野球の三重テレビ中継のテーマソングに選ばれた大知正紘さんのミニライブで締めくくられた。7年後の三重国体に続く催しである。

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翌日、我がレクリエーション協会では、有志が集まって鈴木副会長のお祝い会を津市内にあるレストラン東洋軒で開いた。若い世代が中核に幾人も加わったことと、副会長のキャラが相まって楽しく活気あるお祝い会となった。

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小学校6年生の国語の基礎力47県中46位の三重県

 表記の学力が8年間、全国最下位を占めている三重県(826日朝刊)である。ここまで続くと、知事や教育長の責任でなく、県下の教職員を統括し動かしている組織の問題と気づく。

一昨年、三重県知事は教育長と組んで、小学校と中学校の教員それぞれ1名を半年間福井県に研修に出した。また、学習向上のための“みえの学力向上県民運動”を提唱し、特別委員会も結成した。三重県総合教育センターもある。現場の教職員が子ども達とかかわれる時間と余裕をつくれば、学力は15位や20位は一気に向上させられる。現場の教員の今の忙しさは何か、これを整理し変更の決断が出来るのは三重県の場合教職員組織の中枢の判断だけである。

普通の県では、それが知事と教育長なのだが、この県はどうも違うことがこの学力試験の結果から見えて来る。学校別公表をしないのは信頼を失い、組織解体につながるゆえなのだろうか。

私立幼稚園でせっかく育んだ知識と知恵と感性への育みが、その後6年掛けて全国レベルに付いていけない子にされるのが問題なのである。子どもの教育は保護者が責任を持つのは当然だが、教員が子どもに充分時間をとって向かい合うことの出来ない学校では困ったものである。

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『妖怪アパートの幽雅な日常』にはまった

 一人での登山の時には本を2冊持参していく。この夏は(ブログの“登山”に記載)、中学生向きの小説、香月日輪著『妖怪アパートの幽雅な日々』(講談社)の①②③を購入した。ところが急遽通院することになって3冊とも読んでしまった。そして「はまった」。更に④から⑩巻と別冊1巻を購入し、山には読み残した⑩と別冊を持参した。

 主人公の稲葉夕士が商業高校に入学してから卒業までを描いている。友人と怪しい大人そして妖怪に囲まれて生活していく中で、目覚め、可能性を着実に広げて成長していく姿が描かれていた。命のこと、生きること、常識と考えるために学ぶこと、性の事、健康な心身のこと、親子の関わりのこと、先祖のこと、それ以上に友人や周りの人々との関わりのことが描かれていた。その中に“普通の人間としてどう生きるか”を考える内容になっていて、大人に成って行くために体験し、乗り越えるに必要な喜怒哀楽の大切なこと、情熱のこと、宗教のこと、因縁、ファンタジックだが実に現実に生きる生き方がそこにあった。読書好きな中学生が、大人に成っていく下地を疑似体験させている。10年前に発刊され今も重版のこの図書、教師や親や周りの大人に変わって、抵抗無く彼らを導いている。しかも二度目の購入本の帯びに「累計190万部」と記されていた。15万人から19万人の子ども達に読まれている証である。

三重県出身の“はやみねかおる”の児童文学も孫に教えてもらって一時期はまり込んでいたが、その時とはまた違った衝撃を受けた。

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寄贈書2

720日までの1ヶ月に、多くの書籍の寄贈を受けた。膨大な資料の入った三重大学山田雄司教授の『怨霊・怪異・伊勢神宮』(想文閣出版)の研究書をはじめ、高野山大学藤田光寛学長著『はじめての“密教の戒律入門”』(セルパ出版)、一気に読める民俗学仲間の徳井賢著『戦中・戦後その光と影』(文藝社)、桑名市民病院理事長竹田寛著・竹田恭子絵の三重大学病院長時代のブログをまとめた『続・院長の部屋から』(三重大学出版会)、県立斎宮歴史博物館の設立時から館を支えていただいている皇學館大学渡辺寛名誉教授の『斎宮・斎内親王・斎宮寮』(皇學館大學出版部)、『斎宮歴史博物館研究紀要二十二』(斎宮歴史博物館)、愛知大学印南敏秀教授からは“シンポジウム東海地方の海里山の食文化総合研究会”①『食文化研究の現状と課題』②『海里山の儀礼食をめぐって』、そして、元新聞記者で歴史小説家の横山高治さんから氏の執筆掲載のある『題23号歴史研究 特集歴史のある山』を送っていただいた。

私が40数年かけてそろえてきた図書のうち、民俗系、修験道を含む密教系、自然系、食文化系、少し系統を異にした薀蓄書籍、各種事典、そして民俗系会報と報告書等をとあるところに寄贈し、書庫はがらんとした。私の書斎の方に残りの本を集め、幾分本棚を賑やかにしたそこに、従来から色々お付き合いのあった実に個性溢れる人々のそれに負けない個性的寄贈図書が11冊と増えていく。今は亡き宮坂宥勝恩師の『理趣経』の講話本も見つけて購入した。読みたい本は、次々と頂いたり書店で求めたり、読むのが追いつかない楽しさの中に居る。

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三重看護専門学校の郷土教育授業を終えて

 三重看護専門学校で10年間続いた1単位30時間の授業を、本日、625日をもって最終章とした。30時間(9015回)ゆえ、多くの仲間に助けてもらっての「三重の文化論」の授業組であった。

“三重の言葉”として国語学会の江畑哲夫先生、“三重の人物”はマスコミ界から西田久光先生、“三重の食文化”は三重大学名誉教授の成田美代先生。 “三重の伝統産業・伝統工芸”そして関連地域見学、及び“真宗と一身田寺内町”は三重フィールド研究会会長の佐藤誠也先生にお願いした。そして私は、雑煮から三重県の歴史と文化を展開する“東西文化の分水嶺”、“鈴鹿山系の伝承と歴史”、伊勢の海は“消えた安濃津”と題し、ここに神仏混淆の多神教の世界の“紀伊半島の森と宗教”を加えて構成した。

三重県下の専門学校で学ぶ学生は、大川学園の三重調理専門学校も三重介護福祉専門学校もそうだが、四年制大学生と違って卒業後ほとんどが三重県下に就職し、郷土を支えてくれる。この三重看護専門学校の10年間を、県下の宗教や民俗・歴史・文化・自然を学び、三重県内で専門職と共に郷土性の理解を深めながら活動してくれるであろう学生への期待の授業と振り返る。

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寄贈書

 621日、この2ヵ月ほどの間に幾多の知人から図書を贈っていただいた。読書離れと言うが、執筆者側から言えば、図書にして出版してまとめておかないと資料が紛失したり、情報や理論、そして主張が消えてしまう。そのようなものはインターネット検索で即時得られると言う人も居るが、それでよいのか日本人の思考と想像能力の源と私は思う。これからの厳しい時代を生き抜く力の源が、読書から得られる面が多い。それが無くなれば、ある日突然消える日本を想像してしまう。

 寄贈いただいた図書は、この春に出版の『伊勢神宮 女神の聖地』千種清美著、『キリシタン雑記帳』横山高治著、『わたしの“泗楽”』藤澤徳人著、『お釈迦さまと 般若心経』平井祥雲著、『忍者文芸研究読本』山田雄司他著、『我らが鈴鹿国際大学・他』衣斐賢譲著、『志摩の海の食文化』『海里山の儀礼食をめぐって』『食文化研究の現状と課題』印南敏秀著、『伊勢神宮式年遷宮年表』『斎宮・斎内親王・斎宮寮』渡辺寛著である。執筆者でないが、小久保栄二氏が『玉垣郷土史』を贈ってくださった。このブログを通じて感謝の意を表す。

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環境教育は津の偕楽公園でのゴミ拾い

 63日、大川幼稚園年長児が公園に出かけた。毎年行っている公共施設とゴミへの意識高揚策の一環である。

今回は、草が刈られた後だけに、大人の目ではこざっぱりしてゴミは目立たないと感じた。しかし、子どもたちの目は鋭い。例年多いタバコ、飴等の包み紙、紙屑、ゴム製品、ガラスや陶器の欠片、ペットボトル、缶は常連で発見される。今回、以外に多かったのが鉄線や鉄の細工物であった。

途中、「ゴミはお持ち帰りください」の立て札を子どもたちに読ませ、子どもたちに話題提供する場面もあった。俗称瓢箪池に架かる橋の上から、鯉と亀の泳ぐ姿を子どもたちは発見。背に黄色の入ったトンボも見つける。

その後、遊園地で遊びの許可がで、ジャングルジムと滑り台を組み合わせた遊具や、シーソーで大はしゃぎ。楽しい思い出とセットでの環境教育への配慮を、いかに連動させるかは先生方の手腕である。

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プロを目指して活躍する2人の調理師

 1214日、大川学園全教職員の勉強会があり、親睦も兼ねて湯の山温泉“寿亭”を訪れた。

そこで、取締役総料理長である大橋義信先生から、2人の新人調理師が紹介された。共に三重調理専門学校2年制を卒業して、この春(平成254月)から湯の山温泉の宿泊施設の調理場に就職した若者である。写真右側は津工業高校を卒業した杉本和也君で世古料理長のもとの“ホテル湯の本”に、左側は稲生高校を卒業した分部清文君で武藤料理長のもとの“寿亭”で修行を積んでいる。

 技術職を目指して入学してくる若者は、目標が確りしているため、食のプロ養成である専門学校で学び、着実な成長を遂げる。三重調理専門学校(2年制)では、調理師・製菓衛生師・レストランサービス技能士の3つのプロ資格を目指すだけに、遊びの余裕は無い2年間となる。この2人も、1年次の長期休暇時から湯の山温泉にアルバイトで入り、調理の基礎を学校外でも高めて就職につなげた。そんな2人の前途に、教職員が最大級の拍手を送った。

「今の子は」と言われる昨今だが、確かな道を歩む彼らのような地道な若者の存在に、改めて教育という仕事に携われた喜びを感じた。

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プレ三重県民大縁会に津西幼稚園が参加

 127日、「プレ三重県民大縁会 縁(エン)ジョイ!みえの地域づくり」と題した県の行事がメッセウイングで開かれた。津西幼稚園児はそのウエルカムイベントに参加した。

まずは自慢の鼓笛隊演奏で2曲を披露、続いてご当地キャラクターとのコラボでのオープニングイベントに参加した。多くの観客の前での初めての披露だったが、堂々とした姿に絶大な拍手をいただいた。終わった後の笑顔に、素晴らしい体験での思い出と同時に、さらに自信につながったことが私にも伝わってきた。

 この催し、展示スペースには県各部局や市町、NPOや企業で105のブースが設けられていた。地域特産品他地域情報を広く内外に知ってもらう目的のようで、体験コーナーもあるが試食や物品販売もなされていた。また別室では、島田洋七氏や中本賢氏の講演会、山崎亮氏等のシンポも開かれていた。

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津波の避難訓練

 126日、大川幼稚園側で津波の避難訓練が行われた。地震の緊急放送で机の下に避難したあと、津波警報のアナウンスである。345歳児クラスの幼稚園、そこに2歳の幼児舎も参加した。

避難場所は、県立美術館と決めているため、園児たちは小走りでの避難となった。避難完了報告では、幼稚園児は16分で避難場所に到達。幼児舎は、前回の津波訓練と比べると10分短縮でき、30分で到達した。

 津西幼稚園も同様に毎月、火災・地震・津波とさまざまな避難や防犯の訓練を重ねている。特に難しいのは不審者対応訓練のようである。“サスマタ“は備えているが、これは棒術の訓練を積まなくては対応できない。現在のところ、常駐の警備員と男子教職員の初動にかかっている。

命の問題だけに、学園全体の教職員総出で取り組んでくれている。

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斎宮歴博友の会“ちはやぶる”の奈良研修

 1129日、斎宮歴史博物館友の会の会員の方々と、“伊勢物語”ゆかりの地、“あおによし”の奈良を訪れた。伊勢物語とその登場人物在原業平ということでの研修旅行である。最初に平城宮跡そして同歴史館、のち、業平が建立し業平画像で知られる“不退寺”と廻った。

昼食後は、春日大社、ここでおとぎの話の世界を想わせる落葉樹林の落ち葉の中の茶屋があり、ついつい記念写真を撮る。その後『古今和歌集』や『業平集』をはじめこの頃の和歌に幾種も詠まれている“竜田川”ということで、先ずは“龍田神社”のち紅葉の竜田川緑地を訪れ探索する。朝、名張市を通過したとき雪景色を眺めたが、盆地の奈良の寒さは一段と厳しかった。その寒さに負けじと、講師の中部大学人文学部本田恵美准教授(日本語日本文化学科)の解説に熱心な会員の勉強欲には、頭が下がりっぱなしの研修となったことは嬉しかった。

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中学校の同窓会

 5回目となる橋北中学校第9期同窓会を、1115日にプラザ洞津で開いた。89歳の坂本先生をはじめ、3人の恩師に出席いただけた。同級生は、関東・関西在住者も多く参加してくれたお陰で、総勢70人となった。

恩師に花束を贈り、続けていただいた恩師のご挨拶は、我々に対する今後への期待との変わらぬ思いに、ありがたさを感じた。60年近く前の津市立橋北中学校水難事件の共通体験は、今も互いを深く結びつかせている。午後1時に始まって4時までの宴だが、あっという間に時間は過ぎた。幾人集まるか予想のつかない二次会だが、それでも30名ほどが集まって、盛り上がりは夜遅くまで続いた。

 思い起こせば、我々の親の世代が33回忌を開き、その後託された50回忌の昭和52年夏。連絡しあって同級生達が再会し、翌年に第1回目の同窓会を開いた。記録を見ると120人が集まっている。小・中学生の9年間中1年間だけ二つの中学校に分かれたが、ほぼ同じ学校に通学した。そして36人の死という強烈な出来事に遭遇し、更に3年生になった時、校長以下全員の先生が入れ替わった。多感なこの時期、精神を維持できたのは同級生の絆、そんな共通体験が今も会えば何時までも一緒にいたいとの思いにつながるのであろう。

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生涯教育を感じた東京日本橋

 1011日、ホテルを朝650分に出、日本橋室町に有る“豊年萬福”という店に7時に入った。実は745分から“日本バシ46ドウフケン#03ミエケン”のタイトルでの朝食会を兼ねた勉強会が開かれるためであった。時刻前になると、インターネットで知ったという30代の男女が(ワーカー)、500円の会費を払って100人以上集まってこられた。私はここで、三重県の文化を食を通して話して欲しいという県からの依頼を引き受けていた。企画者の説明では、日本橋と全国(46道府県)を結び、相互の良好な効果を狙う勉強会でもある。

話し始めると、互いに自己紹介しあっていた話し声は消え、一斉に目が集中し、レジュメを渡していたがメモ取りをする人もみえる。とにかく大都会の成長を支える人々を実感する。私のあと、熊野市と同市ふるさと振興公社の若い方々が話をされた。最後の記念写真を終えると、次々と名刺交換。それぞれが短くPRを添えられ、エネルギーの凄さを感じるだけでなく、若い方々に教えられることが多かった。

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津西幼稚園運動会

 928日(土)最高の運動会日より、快晴。280名の園児だが、この広い運動場の観覧席に溢れるご家族の皆さんが集ってくださった。遥か鹿児島からおじいちゃんおばあちゃんに駆けつけてもらった子もいる。

朝の挨拶で、幼児期だけでなく、「小学校、中学校、高等学校に進学しても、今日と同様の環境で子どもたちの育ちを・・・」とつい話してしまった。そして、「仏教界で言う“平等と差別(しゃべつ)”、即ち、全員同じだが、一人ひとり全部違う」話もさせていただいた。違っていい、それぞれに別々の素晴らしい面を見出し、それを認め、褒めて、育てて欲しいとの思いであった。運動会にこれだけの方々が集われたゆえ、観覧席の皆さんに向かってつい出た言葉であった。言葉足らずになったのは、次の発表会のときにすることとした。

 1日を終え、子どもたちと観覧席が一体になった実に楽しい運動会を今年も体験させていただいた。園児の、そして保護者の皆さん、有難うございました。

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津西幼稚園卒園生の2人がこの夏“全国大会”で活躍

 中垣内太智君は、“第29回三重県小学校陸上競技大会”で、100㍍競技に出場し、1404のタイムで5年生の部門で1位となって全国大開に出場。

そして、落合駿君は、三重県で優勝して、国技館で開かれた“わんぱく相撲全国大会”に出て3回勝ち進み、ベスト16位に入った。二人とも津西幼稚園から津市立西が丘小学校に進み、現在5年生である。しかも、中垣内君は東宏明先生の指導、落合君は椿本治夫先生指導と、津西幼稚園の現役者との縁が今も続いている。

二人とも素晴らしい素質があり、そこに日々の努力、そして指導者との出会いでの開花だろう。それにもまして、両家のご家族の支援がその陰に伺い知れる。二人ともスポーツと勉強を両立しながら、逞しく育って欲しい。

今般の栄をたたえ、それぞれの将来を大事にして欲しいと、今は少し難しいかも知れないが、私が執筆した『三重県の食生活と食文化』の本にメッセージを記してプレゼントした。

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民間の文化講座を支える人と出会った

民間の文化講座を支える人と出会った

 627日、伊勢市の名物赤福が経営する「五十鈴塾」から講義を頼まれていて訪れた。この講義に先立って、表彰が行われた。岩井田尚正さんと言う方が500回受講されたという。私も文化講座を学園で開催してきたが、500回を年45週で割っても11年の歳月が必要なのである。

民間のこの種の講座は、受講者に金銭の負担をしていただくゆえ、実は強力なサポート隊なのである。岩井田御師の家柄の方と聞き、日本の文化を守る五十鈴授塾を受講料を払って、自分のためと言いながら本気でサポートするその姿に感動を覚えさせていただけた。

 その熱い思いが冷めない時間帯で「松浦武四郎と大台ヶ原」と題して90分間話をさせていただいた。岩井田さんをはじめ15名ほどで、和室で寺子屋風の雰囲気の中、講義する者にとっても有りがたい柔らかな雰囲気で進められた。622日に、四日市保健所の依頼でさせていただいた三重県北勢健康増進センターでの120余名受講の講演も熱が入ったが、今回の和室での正座の少数講義も実に良いものであった。

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橋北中学校水難事件が水泳日本の礎を創った

 中学時代の5回目の同窓会の打ち合わせを兼ねた食事会をなぎさまちにあるレストランソプラノで開いた。私たちが中学2年生の夏に36人もの生徒が亡くなった。50回忌は津市当局もどこも計画が無いと知り、我々の手で催した。以来久しぶりに集まり、この事件がその後に生かされたか否かの話題が出た。

 この事件が切っ掛けで、文部省は①全国の小中学校にプールを設置した。②小中学校向き水泳指導書も作られた。その結果として、③「水泳日本」の礎(いしずえ)を築き、世界に若者を羽ばたかせた。ただ津市の教育において、自然界に対する畏敬の念や命の教育にこの事件が生かされることは無く、負の遺産と捉えているのではないかとの見方も話題になった。

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保育と教育が合体した子どもたちの素晴らしい育ち

 久居保育園で、216日に生活発表会が開かれた。開園9年目、幼稚園型保育園を追いかけ、昨年あたりからその目的がほぼ達成でき、今年は期待をさらに上回り、一幕ごとに教員の情熱の賜物と感謝しながら拍手を送った。

 保育園も幼稚園も共に修了すれば、子供たちは小学校に入学していく。40年前と違って、家庭の教育力が向上した今日、両親が仕事をしているため保育園で育ったその子どもたちに差が出てはならない。保育園で生き抜く力は得ても、小学校で吸収するための基礎知識力や基礎運動力或いは基礎音楽力、共同生活力や判断力といった総合的土台創りに差があってはならないと、この保育園を開設した。4年目に入る直前、ここの保育園は保育園では無いと大量の退職者を出したこともあるが、今残ってくれている教職員が理解して努力を続けてくれた。

後片付けを済ませ、昼食のために全員で車座になったとき、園児に内在する能力の引き上げに全教職員が一丸で取り組んでくれた姿に感謝の言葉が自然に出た。

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第24回津市少年少女空手道選手権大会に子どもたちが集う教育環境

  1028日に子どもたちの空手道大会(津市空手道連盟主催;会長坂倉満)が津市一志体育館で開かれた。25年前、3人の師範が、武道を通してマナーとメリハリある心身豊かで健康な子どもを育てたいと、協会設立の相談にこられたのがご縁である。子ども達が集って、本気で競いながら互いに学ぶ場所をと誕生した大会である。

形の部を2時間ほど見せていただいたが、初期の目的の子どもたちの質のアップはもちろん、大会役員や審判員そして手伝いをサポートする保護者の機敏な姿が嬉しかった。競いの中の成長環境を皆さんで一心に支えてもらっている姿である。

武道大会は、厳粛な儀式に始まる。試合は、マットの入り方や出方、そのつどの幾通りかの礼、他にも伝統的仕切りと約束事がある。幼稚園児の形の部の試合から始まると、最初は役員が幾度も丁寧に教えていたが何時の間に子どもたちは形式通り行なっていた。そして試合は、5人の審査員がその場での旗を上げる合議ゆえ,子どもたちにとっても公正・公平でわかりやすい。いずれの役員も同じ方向からの指導ゆえ、子どもの育つ環境条件は揃っている。

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日米の大学生の学習意欲の差は小学校からの問題、三重県ではどうする

中央教育審議会の資料に、日米の大学1年生の学習時間の表が出されたとの記事が94日付け『内外教育』にあった。インターネットで調べると、2007年に44,906人のサンプルで東京大学が発表した数字であった。

1週間に学習する時間が、米国では6時間から10時間の学生が26.0%、11時間以上は58.4%とある。一方日本は、6時間から10時間が18.4%、11時間以上が14.8%と記されていた。6時間以上と見ると、米国の84.4%の学生に対し、日本は33.2%に過ぎない。これは両国の小中学校からの学習に対する向かい方の違いの現れで、私たちは驚いたが、国や地方公共機関の教育関係者は以前から薄々わかっていたことかも知れない。

 10幾年か前、日本青少年研究所が高校生を対象にした調査結果として、先生への反抗を米国15.8%日本79.0%、親への反抗を米国16.1%日本84.7%、学校のずる休みは米国21.5%日本65.2%と発表して驚かせたことがある。

今回の資料と併せ、憲法も教育法も理想の日本だが、その運用に大きな問題があった可能性が高い。経済大国からもどんどん外れる日本ゆえ、私たちの孫たちが心配である。県や市といった小さな単位で出来ることから教育の本質を求めないと、グローバル化の中で孫たちは生き抜く力を養えない。

社会が、家庭が悪いというのではなく、私たち私学も含め、まず10年間教育機関とその関係者が変われば道は開かれるのではないだろうか。

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小学生の学童「トムソーヤ」の昼食は三重調理専門学校の学生が担当

大川学園では、朝8時から夕方7時までの新学童「トムソーヤ」を開設している。小学校が夏休みになって、午前は勉強、午後は休養と内外での遊び、習い事もここから出て戻ってくる。夏のこのロングランな生活で、午後は、県立美術館や四日市博物館に行ったり、県立博物館の学芸委員の方にお話しを聞いたり、経が峰麓にある学園の里山遊びに出かけたりもする。夕方に保護者も集う夏祭り企画もあった。

87日で最終となるが、2週間程、調理経営学科1年生全員が昼食と3時のおやつ作りを担当してくれている。子どもたちにとっては、レストラン気分でコック服姿の学生に接し、言葉や態度にも幾分気を使えるようになった。にぎやかさの中にも節度をそれぞれが加味でき、食事姿勢についても弁当のときとは随分変わった。食後の器の戻し方、調理生へのお礼の言葉がけ等、ずいぶん良くなったことが判る。担当している調理師科学生も、子どもたちに対し、ずいぶん優しい笑顔を返せるようになった。

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大川幼稚園5歳児全員での合宿

 夏季保育の最終日、8月2日は年長児のお友だち全員での楽しい合宿を行なった。ホールに集まってのにぎやかな夕食では、普段食の進まない子までもがお代わりをする姿がみられた。とにかく楽しくって仕方が無いといった感じである。

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夕闇に入る頃、園庭に移り、キャンプファイアーがはじまる。PTAの役員の方と私や園長がインディアンに扮して、太鼓の音に合わせてタイマツの火を持って踊りながら登場。歌ったり踊ったり、輪になって自分たちで花火をしたり、教職員担当の打ち上げ花火と続く。

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その後4階にある介護福祉士科の広い実習浴室でシャワー、そして揃っての就寝。1日中全力で活動したことから、横になったとたん全員熟睡。教職員は交代で見守りだが、トイレに起きる時間等個々の子どもに合わせたお世話をする。

朝の子どもたちの目覚めは早い。朝食前に、隣の密蔵院の本堂を訪問し、文殊菩薩の前で手をあわせ、のち住職のお話しをちょっと緊張しながら聞く。

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すべて初めての体験だが、幼児期のその時々に合わせた、友だちと共に楽しく初体験を積み重ねさせる環境設定は、教育機関の果たすべき役割である。この合宿もその一つと位置づけている。帰りの子どもたちの笑顔が結果を物語ってくれている。同日に津西幼稚園も合宿であった。こちらの園児たちそれぞれも様々な体験ができた。両園の先生方、ご苦労様でした。

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幼稚園児たちの発表会

 211日津西幼稚園、12日に大川幼稚園の生活発表会が、三重県総合文化センターの中ホールで開かれた。両日共に1200人の客席が満杯になった。1人の園児が5人から6人の家族の方々を伴ったのである。年長児の5曲に及ぶ鼓笛隊演奏に始まり、各クラスのオペレッタは舞台狭しと伸びやかに演じられた。おどおどしていた私の小学5・6年生の学芸会と比較しても今の子たちは違う。

 演技が終わって、「めっちゃきんちょうしたわ」とニコニコ笑顔で戻ってくる園児のはつらつさ。三つ子の魂(満2歳)を宿すまでの素晴らしき家庭環境で育った子たちが、3歳からの集団教育を幼稚園環境で過ごしている結果育めた体験世界だ。幼児が楽しみながら訓練すれば、無限に伸びるその証を今年も見た。

 園児のみなさん、先生方や保護者の皆さん、本当にご苦労様でした。

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私立幼稚園児とお父さんお母さんが津市で大集合

 平成24121日に安濃のアリーナで、大イベント「こどもがまんなかプロジェクト」が開催された。鈴鹿市・津市・名張市内の私立幼稚園が、幼児期の教育の大事さを再認識する企画を組み込み、しかも参加者皆で楽しもうというものである。そこに千組近くの家族が集った。

三重県知事も挨拶に駆けつけ、のち、ふれあいコンサートでは、NHKこどもの歌にも作曲の多い中川ひろたかさんを迎え、自身の曲である「いっぽんばしにほんばし」や「みんなともだち」を中川さん自身のギター弾き語りとおしゃべりで盛り上がった。そのあとは、私立幼稚園の先生方他で準備した、お楽しみブースがオープン。3ヵ所でのマジックを始め、ふうせんロケット・恐竜ガオー・魚釣り・紙飛行機・紙芝居・木のペンダント作り、まとあてと、子どもたちにどのコーナーも大人気であった。

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『仏教が救う日本の教育』を読んで

 私の親しい知人の宮坂宥洪氏が『仏教が救う日本の教育』(角川書店)を執筆している。序文に、「教育において“教える”と“伝える”は同義である。伝えるべきものは先祖から受け継いだものである。だが、先祖の営みをすべて否定して一体何を教えるのだろう。

古来、わが国は教育熱心なくにであった」と記している。公教育は世界の何処でも主に宗教機関が担っている。同氏は、「人間の営みから宗教的なものを一切排除したらどうなるかということである」とし、「現在日本は、戦後教育の悪弊害が至るところで顕在化してきている状況である」と憂いている。私も、平成10年に『心のカウンセリング宗教』と題した介護福祉士科の教科書を作ったが、思いは同じである。原始の時代から維新以前までの日本の伝統文化としての宗教を否定して、道徳心や礼節或いは人としての美意識は理解できない。それ以上に、日本人が育たないと思っている。

新渡戸稲造著『武士道』(佐藤全訳・教文館)序文に「“日本の学校には宗教教育はないということですか”と、尊敬する老教授(ベルギーのド・ラヴレー)は尋ねられた。私が“ありません”と答えると、すかさず、教授は驚いてあゆみをとめ、容易に忘れられない口調でこうくりかえされた。“宗教なしとは、道徳教育はどうしてほどこされるのですか”」である。日本の風土と歴史の中で日本人として育つそこである。

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理論好き、議論好き、勉強好きの風土を

茅野市(長野県)に立ち寄ったので、書店で無料冊子『信州の本』(120頁)を求めた。長野県内24社が出版した1,300冊余りの図書が紹介されている。この中の信州教育出版社(前信濃教育会出版部)の発刊物が知りたかったのである。現役の小中学校の教員が、個人やサークル、或いは学校単位で執筆したものを出版し、一般書店に並べる出版社である。幼児教育を担当する私が、現役の小学校の先生方が取り組んでいる姿勢や内容を知るのに、信用が置ける資料として求める図書探しで求めた冊子である。

この冊子の前書き“長野県出版会の歩み”の、「信州人は議論好き、理屈好きだと言われる。その背景をみたとき、勉強好きな信州人の姿が浮かび上がってくる」が目にとまる。その県の学校教育を中心とした長年の取り組み方で生む風土の横顔である。

今年、三重県教育改革推進会議が立ち上がった。現役の先生や学校が書店に出せる本を出版して県民をリードし、一方で、10年後に長野県のように自信がもてる教育の成果を語れる県をそこに期待する。

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三重県の小学生の国語力向上に期待

 71日、福井県教育委員会編・発刊の『白川静博士の漢字の世界へ』(平凡社:B5288頁)を4冊求めた。大川及び津西の両幼稚園そして新学童トムソーヤを担当する大川学園義塾に配布、そして私用である。この図書、福井県内の小中学生全員に持たせ、授業で学年毎に必ず使用している。

図書と言えば、三重県で現役の先生が書店に並ぶ本を出すことはこの40年間殆どない。現場で今取り組んでいる教育が知りたい時、私は他県の書店に求めに行く。ことに長野県は、信濃教育会出版部を始め若い先生方の出版の多さに目を見張る。それとも関係することだが、筑波大学のある茨城県は、平成23年度に小学校と中学校の教員を各11年間福井県に出向させている。2年前に福井市を訪れ、小学生の子どもをもつ幾人かの方に集まってもらって、学校教育の話を聞かせてもらった。結果、知事と市長と校長、そして教員と家庭の子育てがほぼ同じ方向を向いていると気づいた。教員が子どもと向きあう時間が取れるだけでなく、指導上の細かなことが子ども達に向けられ、保護者も巻き込み、内容が丁寧と感じた。

国語力は、算数や理科・社会の理解の土台であり、考えて決断し行動に移す力である。三重県下全校に全国学力テストを受けさせるとの知事談話を新聞記事で読み、やっと子ども達のために一歩踏み込んでくれるとの気持ちになった。

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第26回調理師養成施設調理技術コンクール全国大会に出場

全国に211校、約2万人の調理師養成専門学校生から地区予選を勝ち抜いて東京に集結したのは150人。日本料理・中国料理・西洋料理の三部門に分かれての競技である。

221日が基礎実習力、22日は作品製作の2段階方式の競技である。審査員は、各会から招聘のプロゆえ、厳しい。東京都立産業貿易センター浜松館で開かれた作品展は、1330分から1630分まで一般公開、さすがに東京、多くの来館者で賑わった。

 三重調理専門学校からは、調理経営学科2年の野呂亮輔君が中国料理で出場。大臣表彰には至らなかったが、大会会長賞を受賞された。

野呂君に感想を聞くと、「緊張の連続でしたが、出場したお陰で、素晴らしい経験が出来ました」とのこと。インターコンチネンタル東京ベイで開かれたレセプションで、大会委員長の服部幸應先生からも声を掛けてもらい、岩本先生(三重調理教員)と挟んでの記念写真。

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ネパールと教育観

平成2210月に訪れたネパールに義務教育制度は無かった。小学校6年制、中学校2年制、高等学校2年制、大学は4年か5年制となっているようだ。国語は勿論ネパール語、しかし私学は小学校からいずれの科目も英語で書かれた教科書を使っている。私立への入試には親も面接を受けなければならない。それは、親がパソコンが使えるか、宿題が見られる能力が有るかを問うためである。国立なら毎年1000ルピーですむ。しかし知識階層は、子供のために私学を選ぶ。そして多くは、アメリカに初期投資300万ルピーを準備して留学させる。

過去において日本に多くの留学生が来ていた話しをすると、日本に留学した者は帰ってこなくなったので許可が出ないという。さまざまな対話から、アメリカ留学は帰国して国のために活動するが、日本では人間が堕落するとの意味合いを感じる。小学校から落第制度も無く、聖職に徹しなかった日本の教育界の60数年の歩みの結果、我が国は人を育てるに難しい国になったのだろうか。世界から信頼されない日本の教育界の姿は残念である。

*街の中で、教育のマークが時として目に入る。三角形を2つを逆重ねした中心にオームの文字が刻まれている。一辺が下になる三角は男性で、その逆になっているのは女性、ここに子どもが産まれ、親と社会で文化と教育を施していくという意味合いだそうである。

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全国学力テストが47都道府県中44位の三重県

全国学力テストの発表が、平成22731日にマスコミ各社からなされた。三重県における「小学校6年生の国語の基礎能力」が4年前から気になっている。三重県は平成19年度が全国47都道府県中の4320年度が4421年度が45と下がった。昨年度までは全校参加で、今年度は抽出校での実施であったがまたもや44をキープしてしまった。

私立幼稚園では、創造性や好奇心や冒険心を育み、体力と生活力を大事にし、それとの連動で、聴き言葉・話し言葉・書き言葉といった国語の基礎教育にいづれの園も力をいれている。それが6年たって、最下位まで落ちる。我が津市はと疑問を抱き、卒園児や孫たちの成長環境が気になる。昨年、津市の教育委員会の中枢部に対策を聞いたところ、「インターネットで皆様に発表している」との回答で、開いた口がふさがらなかった。

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幼稚園に通った小6の国語A(基礎知識問題)の正解率は85%である。問題なのは、三重県は81.7%で、3.3ポイントの差は大きい。三重県の幼稚園児数は私立52.6%(全国では80.85%)対国公立47.4%、幼稚園児数と保育園児数は51.546.3である。ここから様ざまな三重の姿が見えてくる。

さて、先の質問だが、私は、津市は県都ゆえ県に先駆けて、市の教育システム改革の働きかけを期待していた。教員が一人ひとり、子どもに本気で専門職の教育に徹し、子どもたちに時間を掛けて向き合える転換改革である。一つの事例だが、国語科とか社会科の教員が三重県全体で議論できる仕組みへの改革や、自分達の研究課題を図書にして一般書店に並べられる出版支援体制、学校長に財源と人事権も含めた権限の主たるところを任せるとか、公立も学校毎の個性的教育に取り組む、或いは民間に同様施設があれば民間移譲をする等々である。教育委員会の考え方が変われば、教師の教育への向かい方が変わり、子どもたちの教育環境が変わり、保護者の考え方や取り組む姿勢が変わる。専門職(植物・郷土史といった専門分野)を持つ体制が確立できれば、子どもたちにとって興味津々の面白い授業が展開されるであろう。それだけで、子どもたちの基礎学力は全国10位代に簡単に入る。

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フランスのジェラール・ピエール・カバレロ先生が今年も来校

 フランス国立調理師養成学校のカバレロ教授が、716日、三重調理専門学校に来校された。氏は、3つ星レストラン「ポール・ボキューズ」でシェフを務め、36歳の1993年にMOF(フランス国最優秀料理人賞)を受賞、フランス国旗の襟章付きコック服の着用が認められた数少ないシェフである。39歳で国立学校の教授に就任し、10年少し前に縁があり、それ以来、来日中の1日を特別授業として学生達にフランス料理を教えていただいている。

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 教授は、「基礎をしっかり勉強し、時には我慢もし、素晴らしい料理の世界に、いつも夢を持って取り組んでください。フランスのコックは日本に来て日本の繊細な考え方や技術を吸収し、再び国に戻って新たな料理を提供しています。皆さんは、自信を持ってまず日本料理を覚えてください。そして食文化を勉強してください。」と熱く語ってから実習に移られた。

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 10年ほど前、教授と「教育」をテーマに議論した。フランスでは、小学校の6年間で、母国語程度の英語の読み書きを習得する。また、中学校で第二外国語選択があり、ラテン語を取る者も少なくないという。大切な国民を育てるための落第制度は差別ではなく、さらに、ある段階で、技術と学術と芸術の道を選択させることの大切さも議論となった。

帰国されて、在仏日本人向けの新聞コピー10枚を送ってくださった。フランスの教育に関する制度や考え方の特集連載「フランス教育情報」19と制度図であった。教育界が、学校教育と家庭教育のメリハリをしっかりさせている。これが普通と思っていた日本の教育の甘さに愕然とした。良い面ばかりではないだろうが、文科省というより、日本の今日への道に教育界の責任は否めないものを感じ、教授と会うたびに思い起こす。

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ロータリークラブで話した「教育と宗教と倫理」

私は、津南ロータリークラブ会長職を、平成226月末日をもって終える。在任中、5分程度だが、「三重県の教育・宗教、そして郷土誌」について33回話をした。以下は、教育と宗教倫理に関する3話である。

(平成22622日)「十戒」はモーゼだけでなく、仏教界にもある。正式には「十善戒」と言う。「我らの身体と言葉と心の三業(さんごう)を、清らかならしめんがため、十善を守りたてまつる」と、十の倫理を僧侶にも在家人にも日々の読経で唱えさせる。「不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄(もう)語、不綺(き)語、不悪口、不両舌、不慳貧(けんどん)、不瞋恚(しんに)、不邪見」である。私なんぞは、どれ一つとして守れないが、犯す都度、「申し訳ありません、御免なさい」と心を痛める。それが凡人の歩む人生であり、宗教倫理がその民族の文化として反映するゆえんである。

しかし、宗教倫理を否定する戦後の日本の風潮がある。大乗仏教下の日本では、四足の動物の血を問題にした「不殺生」の戒律を重んじた。そこに人を殺す大罪、親や子が殺しあう想定は無かった。 新渡戸稲造は、宗教倫理が薄れていた明治維新、社会の底流にある武士道で日本の子どもたちは育ったと言った。

では、武士道も宗教倫理も否定する今の日本の学校教育のどこで子どもたちの倫理観は育つのか。学校での道徳教育は、魂(こころ)が無いゆえ、唱え文句となる。

家庭に、人間教育の根幹の総てを任せる学校教育で果たして良いのだろうか。

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(平成22年3月16日)欧米の一神教はキリスト絶対主義思想であり、日本の多神教思想は総ての存在を認め、共生と循環の思想がある。

思考と行動と信仰のあり方は、欧米と日本では大きく違う。例えば「愛」は、キリスト教では「ラブ」だと思うが、仏教では時には「愛欲で煩悩」の世界であり、時には「慈愛」の世界となる。信仰の自由も、キリスト教では聖書に尽きるが、例えば江戸時代の宗門人別帳のように縛られているようでも、実はその時々に応じて神仏を個々人がその都度選択して精神生活を乗り切る生き方がある。

宗教はそれぞれの民族の文化であり、日本には長い歴史の集積によるアイデンティティー形成上のベースがそこにあるはずである。

人間力や倫理観を育てる教育環境は、その風土と歩んだ歴史の中にあり、これを無視する日本の戦後のあり方はどうなのだろう。

(平成211117日)教育基本法には、政治と宗教に関しては、文言として同じように記されている。昭和22年制定のものも、平成18年の大改正後も同じである。今回微妙に文言が変わったが、それでも、

14条(政治教育)「1.良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。2.法律に定める学校は、特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない」。

そして、

15条(宗教教育)「1.宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。2.国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教活動をしてはならない」である。

戦後の教育で、政治教育は行うが、宗教教育は排除した。倫理、道徳、修身、祖先崇拝も含め、本来の心のありようから排除した日本の今がある。

三重県は熊野古道からも知れるが、これをことに徹底排除した環境下にある。自分は祖先の誰一人欠けても存在しなかった貴重な存在とか、祖先崇拝も、また、宗教倫理も、家が責任をもたなくてはならないとの認識がいる。

教育委員会の考え方なのだろうか、伊勢神宮や氏神での祀りや祭りを、文化としてとらえられない面では他県と随分距離感があるように思うのは私だけだろうか。

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津市は、公の土地に落葉樹を植樹させない

 久居保育園に、久居ロータリークラブから木のプレゼントをしていただいた。子どもたちの成長に役立つのは、四季がはっきり判り、ドングリや落ち葉で遊べる落葉樹のクヌギ以外は考えていなかった。しかしながら、津市からの借地ゆえ、公の土地に落葉樹を植えることに当局は難色を示したと聞く。そういえば、津駅から西に伸びる俗称美術館通りの欅並木は、太い枝を無造作に切られズタズタである。美観を損なわせるだけでなく、必ず枯れる切り方である。国道筋の欅も同様で、こちらは何の木か判断不能な見事な木に変身させている。

 20年ほど前、津市の偕楽公園の西の一角の山が削られ、そこの百五十年、二百年ものの木も根元から切られた。赤土むき出しとなった大地に、当時私が会長をしていたボランティア団体で桜の植樹をしようと、市当局に許可を求めた。許可はされたが、「しだれ桜にしてください」であった。これもすべて一貫して、太くて高く育つ木の葉の処理で文句が来るのがいやなだけの市当局の考えと気付いた。美しい街並み創りの理想、即ち、津市の子どもたちの感性を育てようという姿勢が無い。苦情を予想し、面倒は厭なだけである。

除雪費の要らない津市ゆえ、落葉回収清掃車、海岸のゴミ回収清掃車が幾台かあっても良い。市当局が、専門性を発揮し、市民教育に本腰を入れて欲しい。一方で教育者が、それは権限外と言わず、子どもたちの育ちの環境のためと声を上げるべきだろう。

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芸術としてのフラダンスを観賞し、三重の教育界に願うこと

津市内のレストラン「ビストロぴあっと」で66日、フラダンスと食事を楽しむ会があった。オーナーシェフの林敬天氏は料理を担当、奥様の恵美子さんがフラである。今回はお2人の愛娘である、ハワイのHalau Ha Lei Kaumaka o uka所属のフェルナンデス・モトコさんが帰国し、本場のフラが観賞できるとのことで、私たち夫婦も参加した。バック演奏のエコルポリネシアンズの歌と演奏も、ミュージシャンのオーナーが選んだバンドだけに素晴らしく、こちらも楽しめた。

モトコさんは若くしてハワイに渡り、本場のダンスチームに入って修行された方である。フラダンスのことはまったく分からない私だが、彼女のフラは、踊りを五感で修得してみえることが伝わって魅せられた。ピアノや声楽といった音楽分野だけでなく、スペインでフラメンコを、ハワイでフラダンスをと、幾年もかけて基礎から本物を修得した若者が津市から次々と輩出されてきたことが嬉しい。全国に通じる専門職を持った教員も含め、津市や三重県が本気で本物に取り組む若者を支援する体制が取れる教育環境に成らないかとの思いも、モトコさんのフラを観賞して思った。

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県私立幼稚園協会会長職を終えて

 平成22528日の総会を以って、6年間の社団法人三重県私立幼稚園協会の会長職の任を解いていただいた。協会も、若い人たちが育ってきた一方で、先の見えない政局に突入しただけに瞬時に間違いの無い判断が執行部に迫られる時代に入った。総会途中で、感謝状と花束が贈られ、しかも本年度から常任相談役(理事)、協会を支えるその礎を模索する決意を新たにした。

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 私は、昭和44年に高校の教員から大川学園に籍を移した。その翌年に協会が季刊誌『三私幼』を発刊すると、「解説:中教審と私幼」の執筆の命を受けた。更にその翌年から5~6年は、愛知・岐阜・静岡・富山各県庁と各私幼事務局巡りでの情報収集に明け暮れた。この時に私の幼児教育観が築けたと今になって感謝している。ところが、三重県の公立教育の組織と思考の仕方が他県とまったく違い、以来、他県の常識がこの県で通じないそこと向き合う連続となった。このお陰で、私立幼稚園の果たすべき役割が明確に見え、その延長に今もある。

3・4・5歳は私立幼稚園で教育を受けることが、豊かな時代の今、子どもたちの将来の確かな礎となる。私立幼稚園は、それぞれの建学の精神の元、個性に溢れる教育を展開している。保護者が有する、我が子に対する果たすべき教育権の一部を、私立は責任を持って伸ばす。小学校6年生になった時、学力も、判断力や決断力も確かなものに育っている必要がある。私立幼稚園は、保護者が如何に育てたいかで、60種のパターンから選べる教育機関であるからだ。

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小中学生の礼儀作法講座

私が現在会長を引き受けている津南ロータリークラブが主催し、平成22328日に、津市内の小学5年生~中学3年生を対象とした“日本の礼節や食事マナー”の勉強会を催した。参加者は、一般公募で、「和の心とマナー」と題し、折込広報で集まった42人である。

午前の会場は津都ホテルで、1限目は私が「日本の道の思想と礼節」と題して行った。2限目はエム・アール・シー取締役の井ノ口美津子先生の「立居振舞いと言葉」で、社員教育の一部を取り入れ、実技も伴っての授業をしていただいた。

午後は場所を移し、子供たちにとって異質文化環境の“料亭はま作”で、堤真規子若女将から玄関での靴の脱ぎ方や座布団の敷き方他を。日比隆幸料理長からは箸や椀の扱いに始まり、会席膳のフルコースを解説、のち、一品一品の丁寧な振舞いを受けながら日本料理を味わった。心を感じる日本の料理と作法である。

旬の食材の扱いや、美しい盛り付けの料理に目を輝かせ、興味深々の受講者のそこに、日本の文化の素晴らしさを発見していることが私にも伝わってきた。

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   前菜から一品ずつでてくる料理

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津市立橋北中学校水難事件

 私は、昭和30年7月28日の橋北中学水難事件の体験者の一人である。50回忌は本来津市がすべきところ企画無しとのことであった。同級生の冥福を祈ることと併せて、私たち関係者の心の整理もかんがみ、当時の中学2年生が中心になって平成17年夏に催した。なんとも手に負えない浜辺の立ち枯れの松や膨大な残流物等の整備交渉まで、私たちでしなければならなかった。津の海は、旧津市の子どもたちの教育環境の根幹だと私は考えているのに大変な状況だった。
 津市の海での水難事件を契機に、学校教育での水泳指導法が確立され、全国の小中学校にプールが完備され、オリンピックで活躍する水泳日本の礎につながった。それだけに、不幸な出来事ではあったが、津市の教育界は、自信に満ちた教訓の場としてよいと私は思っている。
 50回忌の責任は、企画を起こしたものに託されて終わってしまった。そして何事もなかったかの状態で今という時が流れている。


 

友が姿を消した中河原の海岸




         海での50回忌法要




        密藏院供養塔での法要

 当時の毎日新聞記者(故:野場 豊さん)を迎えての世話人たちの勉強会

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通学路の街路樹

  学校教育は学校内だけが教育の場ではないことは衆知のところである。子どもたちの行き帰りの通学路も大切で、特に、街路樹が綺麗で心地よいことは子どもが育つ重要な要素だと私は思っている。津市の現実は、太い枝をことごとく切り落とし、街路樹の欅が汚い柳(本来の柳は美しいです)に変身の伐採術、幹は終末の皮膚病でこれも汚い。子どもたちは、その下を1日2回通っている。つぎはぎだけでなく、凸凹歩道もそうである。
帰する所は、私たち市民意識の問題なのだろう。子どもたちの感性や、情緒を育てようとするなら、子どもたちを取り巻く通学路も美しく、清潔な街づくり、自然環境作りがポイントだと思う。教育界と市民がその運動を起こし、30年、40年と求め続けていくことだろう。
  教育界から声を上げないと、戦後60年間の行政主導型でここまで来た地方小都市ゆえ一変は難しいと考える津市である。市当局は街路樹に葉がつけば業者に命じてこれを切り落とす。それも落札方式なのだろう、一番安価な見積もりの業者に命じられるから、本格的な庭師を除外した景観に出来上がっている。結果、街路樹は、皮膚病気と立ち枯れとなり、それは自然現象と放置され、やがて根元から切られて終わる。冬場に除雪車の不要な津市ゆえ、子どもたちの育ち環境のため、落ち葉清掃車の5台や6台所有してほしい。
 学校教育関係者ですら、街路樹や道路の清掃は他部門業務ゆえ、子どもたちの育ちの教育に無縁と考えるかのようなこの60年間はどうだろう。


 




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県外巨大塾も進出して総て大繁栄

 平成20年度の全国学力テストは、三重県の小学校6年生の国語が43位、中学校の国語が33位だった。その前年が確か42位の小学校ゆえ、私立幼稚園の関係者としては、幼稚園の先生たちが保護者と連携して一心に育てた子どもたちが6年間で全国的にみれば知力ダウンは納得がいかない。ところが、私の知人の小学校教員は、日々時間が無い忙しさの中にある。子どもの育ちにその時間が掛けられたらと嘆く忙しさである。担任と子どもたちとが関われる時間の長さを変えれば、学力の基礎力の向上は解決する。どうも教員の忙しさは行政システムの問題のようだ。
 津市の学習塾の多さは中途半端ではない。というより、塾が塾の役割を果たさなくても、「安心料」を支払っている親と子の街となっている。即ち、親も子も安心できる場所を提供してもらって、学力については上がるはずの安心を得ている。塾も基礎学力向上に真剣に取り組んでいないところが多いため全国最下位の三重県との反省が欲しい。
 逆に見れば、小学校以降の子どもの教育を学校と塾に任せて、育つとの思い込みによるところに問題がある。本当に子どもに向き合うまじめな塾探しと、保護者のその後の機能チェックを真剣にすべき時代だと思う。言葉を変えれば、自分の子どもの教育に保護者がもっと責任を持つことだろう。
 善悪の判断や生活習慣、我慢や何事にも粘り強く取り組む力は、家庭教育の役割である。これと学校での集団教育環境で、家庭教育の上に成り立って教育のプロが個々に合せた教育視点で生活力と学力向上環境を施す。家庭で育てる部分と、学校で育てる部分があるはずだが、その役割を一切学校にまかせた戦後の取り組みが今日への道をたどったと私はとらえる。教員が子どもたちにより多くの時間を掛けられれば、学力の基礎力は何も特別な事をしなくても全国ランキング20位程度に上がるはずである。

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