学校法人 大川学園
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年少児は園庭で芋ほり

 令和4年9月29日(木)、今日は大川幼稚園の芋ほり。年長児と年中児は経ケ峰麓の“安濃の畑”で、春に苗を自分たちで植え、成長した芋を掘りにバスで向かい、年少児は、園庭の畑に苗を植えた芋ほりと別れた。私は、年少児の様子を見に運動場へ…。先生が差し出した、長ーい芋の蔓とお芋の話を聞き、さっそく10人ずつに分かれての芋ほり体験。「わー、大きい、こんなに大きい」と、立ち上がって芋を見せるキラキラ光った目。次に畑に入る園児も自分事のように目を輝かせているのが印象的だった。この畑、年少児のあとで、2歳児の幼児舎も芋ほり体験をすると聞く。そして年中・年長児たちは、200坪の安濃の畑でもっと輝いての芋ほり遠足…天候もよし。安濃中央公園でお弁当を食べ、満足、満足で帰ってくるだろう。

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おじいちゃん・おばあちゃんも一緒の運動会

 9月25日(日)晴天の下、津西幼稚園の運動会が開かれた。特に今年の年長児は、コロナのため入園式には親御さんお1人のみの参加、しかも運動場で催しただけに、この運動会には同伴者の人数制限なく大勢にお越しいただくことが出来て感無量であった。しかも最高の運動会日和。年少・年中児クラスは午前に2部制で、年長児は午後の開催であった。

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 年長児の部では、3曲のオープニング鼓笛演奏後に開会式。準備体操に続いて新調の衣装をまとってのよさこい“津西ゲンキKIDS Mujaki”。続いてクラス全員が参加の対抗リレーは、ご家族の方々の応援が園児たち以上に盛り上がり大盛況。そして最後は笑顔と笑顔での親子ダンス。機材や万国旗等片付けはご参加の皆さん全員にご協力いただけたため、あっという間に片付き無事終了することが出来た。どのご家庭も笑顔で帰路についていただき、きっと夕食時にはこの運動会の話題で楽しいひとときを過ごしていただくことだろうと、嬉しく思った。

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 準備や当日の手配に全力と細心の注意をはかってくれた“津西幼稚園本日の教職員スタッフ”記念写真。

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4人が集まっての楽しい激論

 加齢と身体故障の二重の“衰苦”にあっても、今できることを充実させながら生きている、刺激しあえる仲間がいる。その1人から先般「お互い、禍根なき人生愉快ゆえ、志田さん(元三重テレビ社長)も交えて久しぶりに集まってご飯でも食べないか」と、…自らの集大成のような出版物『西久遣文』を出した西田さんから提案があった。5年前だったか、私の提案で、西田さんの退院祝いを兼ねて心身共に元気すぎる志田さんにも声がけして集まったことからの逆仕掛けである。場所は私に一任ゆえ、以前と同じ津駅東口前の“伊勢門”ということにした。3人のほか、三重テレビニュースコメンテーターでこの日に津に見えるならと、三重中京大学名誉教授浜谷先生にも声がけした。

 9月15日、浜谷教授はテレビが終わってからの合流となったが、4人とも時代に厳しい意見を持つ人ばかり。一方で郷土三重をこよなく愛し、またそれぞれがこの地で成すべき課題をもって生きているゆえ、食べるか話すかどちらかにならないかと思うほど弾む。しかしこの内3人は酒が飲めないのに、女将のさまざまな配慮ある段取りもあって、実に楽しいひと時が過ごせた。

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嬉しい三冊の寄贈図書

 令和4年9月に入って、3人の方から本の寄贈を受けた。1人は絵本作家の服部美法さん。『おふくさんの12かげつ』(大日本図書)で、幼児というより小中学校の兄弟姉妹を交えて家族で話し合いながら楽しむ絵本になっている。この出版社からは、『おふくさん』シリーズで、これが4冊目である。『もりのちいさなはいしゃさん』シリーズは山画廊からの出版で、『月間ワンダー』のワンダーや学研からも出版と大活躍である。25年ほど前に県立美術館で服部さんの童画を観て興味を持ち、調べると鈴鹿市出身で、師について伊勢型紙技法を習得し、その技法も取り入れ描いていることが分かった。近年少し画法が変化されたが、メルヘンチックで物語性あふれた温かな細密画法が好きで、個展に時として顔を出させてもらっている。

 他のお1人は、津市を中心に文化事業で活躍する西田久光さん。自家版の『西久遣文(さいきゅうのこしぶみ)』(取り扱い:三重ふるさと新聞:頒布2,000円)である。私と西田さんとの付き合いは、氏が地方新聞記者として入社されて以来40幾年と長い。この人の才能は多角で行動的、しかも深さは学者並みに極める。今回はこれまでの西田著の図書に掲載されていない雑誌掲載ものや講演録が中心で、普段の生活ものも含まれるが、「富士山宝永大爆発と津藩」「津藩・久居藩の江戸屋敷」は興味深い。最後に、日本のスキューバダイビングの黎明期記録等含む「日本ダイビング秘史」は我が国にとっても貴重な記録だろう。

 3人目は、高野山高校と同大学の同期生で、現在、京都の東寺管長(長者)になられた飛鷹全隆僧正から贈られた『空海』(岩波書店)である。飛鷹僧正の恩師松永有慶高野山大学名誉教授は、従来岩波書店新書版『密教』と『高野山』を出されていたが、今回そのシリーズの最終版で、その著書を求め私に贈ってくださった。密教学科と仏教学科の違いはあったが、私の高校時代の保証人が飛鷹僧正に高野山内の三寶院を譲られた草薙全好師ということもあって、ご縁が今日に続いている。実にありがたいことである。

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津市が輩出した芸術家“矢守一声”さん

 5月23日(月)、愛知県立美術館の主任学芸員で大学講師も務められる石崎尚氏が、三重県の学芸員原舞子氏も誘って陶芸作家矢守一声さんのことで訪問してくださった。郷土三重でもほとんど知られていない矢守さんだが、私はさまざまなご縁もあってかこの方の作品が好きである。我が家に残るものより隣の密蔵院に安置されている素焼きの様な白い観音像に魅力を感じている。

 今回の調査に付き添って、十一面観音と思い込んでいたその作品に、1955年の橋北中学校水難事故で亡くなった36人の乙女の冥福を祈る記述があり、驚いた。矢守ご夫妻が住まわれていた借家の持ち主にも何か作品はないか尋ねると、陶器の蟹があったはずとのことでここも訪れた。

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 私の子どものころの我が家は津駅を見おろす丘の上にあり、矢守家は山路をはさんだ隣とはいえ、崖からいつ落ちてもおかしくない家に住んでみえた。家もご夫妻の雰囲気からも子どもたちはだれもが一歩引いていたが、なぜか私は大事にしてもらった。

 その後、中日新聞折込の市内版ミニコミ誌(夕刊新伊勢)に「不思議の家のあるじ様」と題し、矢守氏に関する随想を書いたことがある。東京美術学校(現“東京芸大”)彫刻専科研究科修了…ここで7年間学んだ経歴も素晴らしい。だが私の文章表現の未熟さからだろうが、全く世間の反応はなかった。地元さえ忘れているその方に、愛知と三重の両美術館学芸員が興味をもってくださったことは実に嬉しい。

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土曜日に幼稚園の先生方が総出で運動場整備

 5月21日(土)、早朝から大川幼稚園の教職員全員と学童トムソーヤの若手男性教員が幼稚園運動場の整備を行ってくれていた。運動場に敷き詰められたさまざまなマットをはずし、砂を取り除く。一方、砂場からあふれ出て傾斜をつけるほどの砂を掘り起こし…これを運んでくれている。雨天遊技場と運動場の境の溝を埋めた砂も、溝にシャベルを差し込んでの掘り起こしである。いずれも砂は大量に出てくるため体力仕事である。

 若い教職員の馬力につられて、ベテラン教職員も大変だが、3年に一度はこれをしないと子どもたちの遊びに差し障りが生じると園長は言う。更には、これから始まる昨今の変則豪雨的梅雨に、園児の遊び場が危機状態に陥る。ありがたいことに、皆さん業者任せでなく、さまざまな園児たちへの配慮のもとに整備してくれている。

 月曜日登園したときに、三輪車の漕ぎやすさや、遊び場の砂の多さ、綺麗になったマット…無意識の意識で感じてくれて、思いっきり遊んでくれるだろう。

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みえ食文化研究会同窓会

 4月23日(土)11時から旧みえ食文化研究会の有志が集まって、私を含む3人のお祝い会を開いてくださった。場所は、津市内の料亭“はま作”である。 

 私は三重県文化大賞と地域文化功労表彰、もうお1人の大市さんは教育分野での叙勲、そして2代目県担当で本年県立図書館長をもって定年退職の別所さんである。

 この会は、平成10年に“三重県食文化懇話会”として、県が郷土の食文化を勉強したい県民を公募して誕生した。当時の三重大学成田美代教授と私がコーディネーターに就任した。設立時に成田教授と話し合い、公募で素晴らしいメンバーが集まったことと県企画は3年過ぎると消える運命故、4年目に独立させようと話し合い、初代県担当の辻上氏(現東紀州地域振興公社事務局長)にも賛同してもらった。

 そこで、2年目に名称を“みえ食文化研究会”とし、規約も変えて、成田教授に会長に就任していただいた。2人の県職員は幹事として部署変更後も総会を含み年2~4日は顔を出し続けての見守り。以来、成田会長を中心に運営委員の方々の精力的活動で20年間続いたが、会員の高齢化から平成元年に一旦解消した。ただ三重大学の現磯部教授に、内容は一新だが名称を引き継いでいただけた会である。

 さて、新型コロナもあったが、久々の集まり故同窓会的で、美味しく楽しい2時間を過ごさせてもらった。

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松阪市のだいぶ変わった古本屋さん

 令和4年4月22日、“調べたいときの古本屋 ほんのきもち”という面白い古書店に出会った。経営は庄司佳伸さんという方だ。名刺を交わすと広告の裏紙が使われていて、そこに“答えが出ないときは「ごめん」”と記されている。ここで、『字統』という辞書に出会えた。これは福井県の国語学者“白川静博士”が1984年に平凡社から出版した辞典である。

  実は平成22年、全国学力テストで三重県が長年45位だった時、福井県の学園経営仲間と話して知った辞書がある。それが『字統』を出版された博士による、福井県教育委員会編・発刊の『白川静博士の漢字の世界』(平凡社・B5判・288頁・1600円)で、福井県の小中学校の生徒全学年が持っていて進級ごとに使われているものだった。開くと、シャマニズム・アミニズムの世界も取り入れた、文字の無い時代からの象形文字の変遷も含んだ解説本的辞典で、例えば、“「親」おや・したしい・したしむ…辛と木と見とを組み合わせた形。辛は入れ墨用のとっ手のついた大きな針。死者の名前を書いた木の札(いはい)を作るための木を運ぶ時、針を投げて選んだ。親はそのいはいを見て拝んでいる形である。…略…いはいを拝むには親しい間柄の者であるから、「したしい」の意味にも使われる。”と文字のない時代にまで遡っての説明である。当時の私は大川幼稚園と津西幼稚園そして当学園の学童保育の教員用も含み、5冊求めた。

  三重県では考えられないが、土台の土台を郷土の偉人から子どもたちに毎年触れさせて、文化と国語力と創造性への興味付けをしている福井県の大元である貴重な辞書と、三重県で出会えることができた。

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お昼から鯛屋ですき焼き

  令和4年4月22日、久しぶりに会える仲間とゆったり語り合おうと、松阪市で落ち合った。食事場所はその昔から一度訪れたいと思いつつチャンスが無かった“旅館 鯛屋”をセッティングしてくれていた。何時も前を通るのだが、旅館としても隠れたファンが多いとは聞いていたが、入りそびれていただけに嬉しかった。玄関から昔ながらの旅館の面影がある。

  さて、注文していた“松阪牛すき焼き”はお値打ちで、仲居さんが次々焼いてくださるお肉を頬張りながら、…話は尽きることなく飛び出す。お酒を飲まない食い気の大川も最後のご飯はお断りするほど…美味しさと積もった話で、最高のひと時を過ごせた。玄関先で女将の前川裕子さんも一緒に、本日のセッティング者禮山氏がシャッターを切り…。帰りにいただいた創業文化年間のカタログを車内で広げ、“鯛屋旅館宿泊料金表”を見ると一泊2食付きがペンションより安価…料理旅館故なるほど隠れファンの存在が噂以上に多いのだろうと…。いや、実にいいひと時が過ごせた。

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私の最後の仕事…県下の食文化基礎資料集

 令和4年4月1日、『三重県食文化資料集 民俗編』と表紙に記された冊子が印刷会社から届いた。昨年夏の盆休み直前、新型コロナ第5波でどこにも出かけられないため、何か世に役立つことをと取り組み始めた。以来業務時以外はすべてこれに充てた。昭和44年に高校の教員を退職して大川学園に移籍した時、調理師養成の専門学校担当となった。専門学校の教員は、学生と業界に役立たなければ存在価値がない。そこで始めたのが、古老の15歳頃、即ち大正時代から昭和10年頃の県下の食生活の聞き書きである。以来50年続いた。当初から先学の調査資料や郷土史等を古本屋で入手し、私の点としての聞き書きを誤らないことと、三重県を面でとらえるため必要な箇所を書写した。裏が白の広告を半部に切ってそこに書写したその量はかなり増えた。コンピュータの普及で一部打ち込み始めたが、機器対応の弱さと弱視のダブル欠陥による誤字・脱字の多さに気づき、すぐやめてしまった。大量の書写用紙はそのまま今日まで四苦八苦しながら使ってきた。時間が取れる今、再びコンピュータに向かい合った。時間はかかったがUSBを印刷会社に渡すと、やはり初校から幾度も訂正で迷惑をかけたが、550頁もの『資料集』となった。15冊と製本が少ないため、開いてくださる方が将来出てきそうな県立博物館・県立図書館・教員養成の県内4大学図書館、そして必要とする方の出現可能性から国立歴史民俗博物館・味の素食文化ライブラリー・国立国会図書館に送ることにした。

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