学校法人 大川学園
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最終段階の発表会練習を覗きに行く

 令和5年1月23日(月)、今日は発表会の練習風景が見たくて、朝から津西幼稚園を訪れた。発表会はこの子たちの1年間での総合的な成長を保護者の方々に見てもらう場でもある。この年長児の入園式は、コロナ1波の不安の中であったが大切な行事のためと運動場で行った。その後も何波も訪れたが、二度とこない幼児期の大切な体験型保育をと、園長以下教職員全員が努力と工夫を重ねてくれただけに修了時の成長姿は目に収めたかったこともある。

 ホールでの練習は、5歳児全員での鼓笛隊演奏から始まった。何事も全員出演で取り組みつつも、それぞれの個々を大切にしながら取り組むのが幼稚園のモットーである。それ故、運動会以降の成長は楽しみであった。その成長を、なるほどと思いながら聴いた。

 少し間を置いて入ってきた5歳児ぞうぐみの“オズのまほうつかい”は表現にリズミカルな工夫があった。次の3歳児ぱんだぐみの“おひさまぱんころりん”のしっかりさには幾分驚かされた。次の5歳児きりんぐみの“ピーターパン”は難しい動きにリズムを感じさせられた。続いての5歳児らいおんぐみの“たけとりものがたり”は、複雑な動きにそれぞれの持ち前の特色が窺えた。どのクラスの子からも、演じる題目と役割が好きになっていることが伝わってきたことは嬉しかった。

 三重県総合文化センター大ホールでの当日の発表会全てに出れない私は、今日を本番と大切に見せてもらった。

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中日新聞元旦号に協力

 令和5年元旦の中日新聞で、「美し国 食彩探訪」と題し、豊かな三重県の食文化の特集が紹介された。実はここに私も一役関わらせてもらっていた。

 昨年の暮れに3人の若き記者さんの訪問を受けた。元旦号に特集を組むとのことでの取材であった。私が出版した『三重県食文化事典』を読んでみえたようで、これをベースに相談と質問攻めにあった。

 私のこれまでの取り組みは、三重県の文化や歴史、自然について、小中高等学校で幾重にも教えてほしいとの思いが原点である。私はそれを食の分野から教育の基礎資料作りをしてきた。彼らを育てた我々大人も郷土を深く知ろうとする意識が弱い。これゆえ今回の特集は嬉しかった。

 3人の記者さんは全員県外育ちで、この県に就任してあまり年数を経てないが、仕事とはいえいろいろ調べてきている。しかも、興味の持ち方や探り方が面白い。また、端的に表現したいとの思いを感じた。そこで、私が最近完成させた『三重県食文化資料集 民俗編』をお貸しすることにした。3人の感性と理解力で、いかに表現して県民に伝えるか興味があったからだ。

 元旦を迎え、新聞を開いた…3ページの紙面に写真と文章でうまく伝えてくれていた。感謝である。おまけに、私と学園の紹介も加えてくれていた。

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南紀熊野を食べさせる“花のいわや亭”

 入院通院を繰り返し一方でコロナの流行、さらに運転免許を持たない私ゆえ、家と学園の行き来である。令和4年12月25日、友が見かねて熊野地方に引き連れてきてくれた。

 引作(ひきずくり)大楠に会い、「昼食は花のいわや(窟)で」と言ったので、てっきり伊弉諾の尊を祀る神社を想像し、その近くで食べると思い込んでいた。すると、国道筋で有馬町の“花のいわや亭 千代寿し”の駐車場に入った。

 友は時々立ち寄っているのだろう。着座するなり、「本日のおすすめにぎり二人分」と注文。熊野灘を食べさせてくれるのだが、ネタは新鮮なだけでなく、鯛はうま味を引き出すため少し寝かせたものを握ってくれていた。

 ついついメニューを手に取り開くと、季節懐石料理:鬼ヶ城4.000円、本まぐろ熊野産:本まぐろ丼セット赤身4カン1.900円、熊野牛の本場ゆえ黒毛和牛しゃぶしゃぶ2.700円他よくある品々が記載されている。だが、入ったところに大きな生け簀があり、魚に交じって多くの伊勢海老が群がっていた。

 次回は、記されていない伊勢海老尽くしを目的に訪れたいと思わせる本日のすしであった。

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南方熊楠師が守ってくれた三重県下最大の巨木

 令和4年12月25日、「熊楠の大クスを見に行こう」との友の誘いで、幾年ぶりだろう…出かけた。それは御浜町引作(ひきずくり)地区にある大楠で、その大きさに圧倒された。幹回りは2.5㍍ほど積まれた石垣の上で測って15.7㍍もある。樹高31.4㍍、推定樹齢1.599年と県内屈指の巨樹。写真に撮るが、苔むした巨岩盤の前のようで…結果、私と対比することにした。

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 この巨木は、南方熊楠師が東京在住の柳田国男師等と連携して切り倒されるのを阻止したことで世界に知られている。だが、だがである…熊楠師に興味を抱いて幾冊もの書籍を読んで来たはずの私だが…この巨樹が県内にあるとは…不覚だった。

 師は和歌山県の田辺市を拠点に熊野の森を探索しての粘菌探しだった。その当時神社統合政策で、日本中の鎮守の森が次々消される国策…これに立ち向かって森林生態保全に全力を注いだのが南紀在住の熊楠師であった。粘菌探しで熊野のこの御浜の地まで来てこの大楠に出会っていた。引作神社のこの巨木だけではないが、生態系の残る南紀路の自然林を守るため奔走してくれこの巨木も守られた。この巨木との出会いは、久々身体も心も熱くしてくれた。

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両幼稚園とも3年ぶり再開の行事

 令和4年12月16日、大川幼稚園では年長児の「食育教室」が3年ぶりに再開である。2階ホールで三重調理専門学校の管理栄養士の先生によるお話。口に入れたご飯をよく噛むことで、食べたものがこまかくなるだけでなく唾液で…の話に始まり、胃や小腸や大腸での役割…。そして残ったものが…「そう…うんこ」とのやり取り。3大栄養素の区分になると、普段から給食の時間に話が出ているため、積極的に参加。のち、3階に場所を移し、ここでは調理経営学科学生が担当する抹茶体験。赤いじゅうたんに着座し、お菓子そして振る舞われた抹茶茶碗でのお茶の体験。不思議な味に互いに顔を見合わせ笑顔も出る。

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 翌日12月17日は津西幼稚園年中児クラスの親子ふれあい参観。コロナで3年間できなかった恒例の「たこ作り」である。先生から作り方の説明を聴き、家で下絵を描いてきた和紙にマジックやクレヨンで色付け。ここからは保護者責任で竹ひごを組み、園児がそこに糊をつけて貼り付け、再び保護者の出番で糸つけ。凧作り初経験の方は悪戦苦闘である。保護者の頑張る姿を心配そうに、またすごいと尊敬のまなざしで眺める園児。出来上がった凧は、クラス別で運動場に運ぶ。雨模様の空だが、なんとか降らずに…子どもたちは振り返りつつ、天に舞う姿を確認して駆け回る。親子の歓喜の声があちらこちらに上がる。

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 実にほほえましい日常が戻った。第8波コロナが始まっただけに…“凧あげ”で吹き飛ばしてほしいと願ってしまう。

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手紙と写真から二冊の冊子ができた

 81歳という年齢と、骨折や内臓疾患での手術がここ3年続いたため、何時時間切れになっても大丈夫なように机の引出しに詰め込んできた手紙や撮り溜めた写真の整理をし、膨れ上がった2冊の冊子ができた。一冊は『思い出の人々 さまざま』、もう一冊は『私の宝物 写真と手紙と人との出会い』と名付けた。

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 後者の最初は、25年ほど前からの知人でフランス国最優秀調理人のジェラール・ピエール・カバレロ教授と10年越しで実施出来た伊勢神宮詣と神宮神田訪問、そして志摩観光ホテルでの食事である。頁をめくると同ホテル60周年記念で宮崎英男(前)総料理長が調理師全員を壇上に上がらせての皆さんへの挨拶の写真と氏からのお手紙、次頁は高橋忠之(前々)シェフからの手紙が続く。鳥羽国際ホテルの村岡諒一(前)総シェフ時代にいただいた、昭和46年9月の天皇・皇后両陛下行幸時の金縁取りの献立とガリ版刷の調理内容説明書も私の宝だ。

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 第61回と62回の遷宮に伴う白石曳きやお木曳の写真、外宮遷儀で特別席に座らせていただいた写真と続く。昭和63年の暮れに第264ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世に数名で謁見させていただいたもの、帝国ホテル村上信夫料理長と30代後半からご縁をいただいた記録からムッシュを偲ぶ会の写真。その他では、三国連太郎氏の講演会を学園で開いたり、立松和平氏と一緒に御在所岳を歩いた記録もある。勿論私を育ててくださった高校時代と大学の恩師ご夫妻とのご縁の数々、大学山岳OB部会や三重県の登山仲間、中学の同窓生の思い出までとさまざまな写真に私の歩んだ姿がうかがえる冊子となった。

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東海テレビ文化賞をいただく

 11月15日(火)、‟第54回東海テレビ文化賞”受賞式が局本社で催された。受賞者は、岐阜県から東京芸術大学学長で岐阜県立美術館館長の日比野克彦先生、愛知県から尺八奏者で人間国宝の野村峰山師、三重県からは私、団体では日本口唇口蓋裂協会である。東海テレビ放送の小島浩資社長から、一人ひとりに文化賞が手渡された。

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 大川学園での2園の幼稚園や2分野の専門学校及び各種文化事業、そして社会福祉法人の2保育園や元気な高齢者が教養を高め元気維持で利用する老人福祉センターを経営してきた。その一方で、時間を見つけて次の世代の人たちに三重県の消えゆく文化事象を調べ、次世代に継承するため、県内や全国に出来る限り発信することに情熱を燃やしてきた。この間好きな登山も続けていたため、365日ゆったり過ごす日はなかった。しかし、それが多くの仲間を得、法人経営のモチベーションを支える原動力になっていた。

 令和に入ってのこの3年間、‟三重県文化大賞”に始まり、国から‟地方文化功労者表彰”、そして今回の54年間の伝統と権威ある民間文化事業体から認められたことは誉であり、素直に嬉しい。さて、東海テレビ本社での式典に続き、東急ホテルに席を移して懇親会も開いていただいた。今回の催しは、翌16日の11時から東海テレビで個々人の日々の活動も含めて番組を作成し、放映していただいた。

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久しぶりの伊勢詣で

 東京でファッションブランド系会社に勤めている孫娘が、4日間休みが取れたと遊びに来た。久しぶりに伊勢神宮に参拝したいとのことで一緒に出掛けた。宮川の手洗い場からの対岸には秋が訪れつつあり、爽やかな景観である。

 瀧祭神にお参りをし、参道と五十鈴川の間にある小道から風日祈宮への橋に出る。神楽殿にお祓いの申込をし、待ち時間に本殿を参拝する。待合室ではモニターから神宮関連映像が流れており…今日は私の足の関係で端折ったが、外宮遷宮時に服部幸應先生と特別席で体感させていただいたことを思い出す。

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 参拝を終え“おはらい町”を望むと、大勢の人。時間もあるので賢島まで足を延ばし、志摩観光ホテルの“ラ・メール”に入る。輝く英虞湾を眺めながら孫娘と話題の尽きない至福のひと時を過ごす。

 この孫娘は幼い頃から服飾に関わる仕事がしたいとの夢を持ち、服飾系大学で学び、憧れの会社に就職…早いものでもう7年を経た。「何時も基本の基本を今一瞬一瞬の積み重ねで確実に力を増す以外に、専門職の道は開けない」と…爺ちゃん、余分な話まで次々しているとハッと気づき、笑ってごまかす。私にとってずいぶん久しい楽しい外出となった。

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刀根大士先生が県立美術館で絵画の個展

 10月26日(水)から30日(日)まで、県立美術館県民ホールで、我が調理師科製菓講師の刀根先生が個展を催されている。お花もお菓子も持っていけない場所だけに、初日の9時半開館と同時に訪れた。絵画は40年前から始められた本格派だが、墨で文章を書かれても芸術的センスがにじみ出る方である。

 朝から楽しみで出掛けたが、すでに幾人もの方が来館されていた。50人ぐらいのグループ展をされるスペースだが、従来のものはなく、新たな作品ばかりである。私は上高地のカラ松林の紅葉を描いた絵と、知恩院の裏の方と聞く階段下からの門への作品が、描き方もこじんまりさも含め好きになった。

 大作では、冬の富士山の大沢を望んだ絵。もう一枚は、春山の帰りの朝に富山電鉄の途中の駅で下車して眺めたことを思い起こす、田園地帯の向こうの剣・立山連峰の雪化粧の絵が、私の感性にそして思い出にピッタリきた。海外で描かれた作品も魅かれる作品にであえた。部屋の中央にはさまざまな素描写の画集が幾冊も置かれている。訪れた方々それぞれに響く作品に出会えるな!と感じた絵画展であった。

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“懐かしい味”津駅東口のキッチンカー

 翌21日(金)には、安濃町にある“レストラン ランセン”のキッチンカーを見かけた。本店は、安濃川に掛かる曽根橋の近くで、体調を崩してからはご無沙汰だが、幼稚園の“安濃の里山オズ”に整備に行くと必ず立ち寄っていた。私はここのビーフシチューが好き…若いカップルに好評なのはハンバーグ系だ。

 ここにも随分前から調理師科卒業生がお世話になっている。今日は、ロコモコとハンバーグサンドイッチを買った。

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