学校法人 大川学園
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私たちのふるさとの山、経ヶ峰に集う

 

 6月22日、上記の見出しの呼びかけに、賛同した山仲間が山頂小屋に集合した。鈴鹿山岳会の仲間27人(写真左)は笹子ルート経由で登ってきてくれた。津ラ・ネージュ山岳会は穴倉ルート、三重かもしかクラブは細野ルート、経ヶ峰を愛する会は平尾ルートで、総計72名(写真右)となった。目的は、津市内の多くの小中学校に限らず高等学校でも校歌に歌われているこの山、子どもたちはこの山を眺めて大きくなった。ここに高さ150㍍(青山高原は100㍍もの)の風車設置企画が突然出て、故郷の山の景観を壊すことに危機感を覚えて集まったのだ。

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 最初の呼びかけ人は、この山に80回ほど登っている地元の方である。山頂山小屋前で行われた説明では、昨年9月に役場で風車の話を聞いたことに端を発したとのこと。アメリカ資本のJFE関連会社が、グリーンパワーインベストメントと言う企業を経てこの山の500㍍以上のところに、高さ150㍍の風車24基の設置を計画しているとのこと。住民への説明会は、1時間企業が話し、1時間質問の時間を設けて打ち切ったとのこと。撤回要望書の署名は、市長と知事に提出した5月18日現在で12,672名とのこと。今も署名名簿が届くと言う。風車に反対でなく、心の故郷としての景観保全の環境問題である。雨上がりで、緑が映える樹林、カッコウと鶯、他の小鳥たちが鳴く中で、発起人の説明を聞いた。

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橋南中学校で職業講話

 

 6月20日、津市内上記の中学2年生の職業講話に、津南ロータリークラブから8人が授業担当で訪問した。私は、「幼児の保育と教育」のタイトルだが、「薬剤師の仕事」「石油の話」「料理について」「“つながる”仕事」「ピーナッツの話」「今後10年後の社会を考えよう」「管工事とは何か」と多彩である。

 学校からの要望に沿って、自己紹介に職業紹介と自身の中学時代を含む話からはじめた。“今の職業に就く”では、毎日元気で好奇心・感性・創造性・意欲溢れる子たちとの出会いと、社会人に成ったときに必要な非認知能力や能動的環境を組み込む工夫への楽しさを紹介した。そして一人ひとりの人生の重要な時期に関わる怖さも伝えたかった。“中学生に話しておきたいこと”では、「今一瞬一瞬の積み重ねが一生なる」ことと「大器晩成よい」と、焦らず自分のペースで諦めずに10年20年とかけて、確実に自分を信じて自分ものとして自分を高める努力をお願いした。

 13歳の今、77歳の私の時間までの膨大さを語らせてもらった。質問も考えてあったようで、5人が手を上げてくれた。

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20年続いたみえ食文化研究会

 

 6月1日をもって20年の歩みを閉じることになった“みえ食文化研究会”。平成10年に県文化課の要請で、三重大学の成田美代教授と私が発起人となって“みえ食文化懇話会”を立ち上げた。但し3年後には独立させる前提とし、翌年に三重県庁舎1階の一室で、40名の会員と事務局の県職2名、そして成田教授が会長、私が運営委員長となっての44名で現在の名称で発会総会を開催した。

 志摩地方の古老による伝統食体験に始まり、民俗調査方法の学習会、紀伊長島地区での鯔や鰹を使った勉強会と料理講習提供、宮川源流域の古老からの昭和30年代の食生活の聞き書きでの資料作り、一方で滋賀食文化研究会と行き来の交流、県内や関西地区在住の食文化研究家訪問と食べ歩きが続いた。成田会長と20年に至る代々の運営委員の皆さんの情熱、そこに辻上・別所という2人の県職が20年の歳月を幹事として支えてくださった。最後の会食で27人一人ひとりの熱と情のこもった振り返りの言葉に、この組織を作り継続した甲斐を感じさせてもらって嬉しかった。

従来方式の会は解散はするが、“みえ食文化研究会”の名称は日本調理科学会東海北陸地区会長をされてみえる三重大学の磯部教授に継承してもらうことになった。時代に即した再出発は有りがたいことである。

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ゴミゼロ奉仕例会

 

5月25日、日曜日だがロータリークラブで恒例の津海岸(阿漕浦)にある「友愛の庭」と名付けた一角の清掃デーである。朝7時45分に現場に到着した。

8時集合だが、既にほぼ全員の顔が揃い、清掃完了状態で片付いていた。2週間前にサイクリングで訪れた時には私の背丈ほどの雑草と蔦が絡み合っていたが、1週間ほど前に社会奉仕委員会と有志の方で草刈り機を使い下仕事をしていただいていたようで、雑草は既に乾いて横たわっていた。それにしても我がロータリーは朝に強い人が多い。三重テレビとZTV、そして伊勢新聞社が取材に来ていて、この人たちも朝に強いようだ。8時10分頃に清掃を切り上げ、ヨットハーバーの海洋会館に移動して例会と朝食だが、8時40分まで朝食のサンドウィッチが届かずこれを待って例会開始となった。

窓から海を眺めると、477のヨットだろうかかなりの数が沖に向かって出航している。5月というのに、今日も青空で30度超えのようだ。

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静慈圓喜寿書画展

 

5月8日から11日まで、毎日新聞大阪本社ビル地下1階にある“オーバルホール”で表記の書画展が開催されている。静僧正は弘法大師空海研究者で在り、中国という漢字文化圏の中で「書道」をもって活躍されている。例えば、中国政府と西冷印社が認め、王義之の墓塔横に静僧正の「弘法大師空海越州碑縁起」を刻んだ石碑が建立されていることから海外でも知られる書家である。

今般、中国哲学学科と仏教学科の違いはあるが、高野山大学の同級生である静僧正の法印成満祝賀会が併せて同日8日に“リーガロイヤルホテル大阪”で開かれるとあって共に参加した。

書画展には、書のみならず、種字両部曼荼羅や仏画も多く、僧正によれば「この展覧会で立体曼荼羅を表現させてもらおうとした」とのことである。多義にわたる大作群に圧倒されながらゆっくり拝見させてもらい、宴の会場に移動した。夕方から始まった宴では、多くの同級生や知人にも久々に出会え、楽しいひと時をもたせてもらった。

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雪の涸沢カール

 

 4月28日、10年ぶりに沢渡のペンション“しるふれい”に泊まった。この温泉湯船のある宿のご主人の百瀬さんは、以前と変わりなく迎えてくださった。1月にスキーで肩を骨折して運動不足ゆえ、翌日は足慣らしで徳沢園泊まりとした。

平成最後の日は、横尾経由で涸沢までである。岩小屋跡でアイゼンを着装し、先ずは本谷出合いまで。これより急な雪道だが、雪の上を歩きたくて来たものの、涸沢小屋までの時間は普通の1.73倍かかった。60歳代までは天幕持参で春も冬も度々訪れた好きな涸沢だが、これがたぶん最終訪問になるだろう。穂高連峰は望めないが、テント群と山小屋が雪のカール帯にある・・77歳と10ヶ月の今、ここを訪れることが出来た幸せを感じる。

令和の初日は、人の1.5倍かけてゆったり徳沢まで下る。翌日はやっと天候が回復。明神までの途中、白馬に住むヒマラヤシェルパのラマ・ゲルさんと出会う。単独で槍ヶ岳から穂高連峰を縦走するとのこと。技術力を生かし、若い時代ゆえ取り組める魅力的コースである。何時も爽やかなゲルさんと別れ、青空のもと、素晴らしき山々と沢を眺めつつ上高地バスターミナルに向う。

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津市内のジャズライブ

4月14日、“大井貴司 & Super Vibration”のライブが津市内の“BRAN”で開かれ、参加した。大井さんのヴィブラフォン演奏は、津南ロータリークラブが市内の橋南中学校に招待した時に生徒と共に観賞し、その凄さにCDを求めたのがきっかけであった。そして2年前に、津ぅのドまんなかジャズフェスティバルに出演されるとあって出かけた。この時、幼稚園児が鼓笛隊で練習したことのある“ルパン三世のテーマ”のDVDを無理言って戴いた。大川と津西の両幼稚園にそのDVDを渡し、大井さんが津市出身であることを子どもたちに話してからヴィブラフォン演奏の部分を見せた。子どもたちは曲だけでなく、大井さんが身近な人に感じられて興味の抱き方が倍増であった。このことを子どもたちは1年も経たない間に忘れてしまうかも知れないが、郷土教育はその積み重ねが大事だと思っている。

ライブには、高校生の孫と友だちを誘って参加した。その友、実は津高校で大井さんと同級と判り、今回も誘った。満席の会場の3分の1ほどが同級生らしく、演奏の後半はまさに盛り上がったライブで、充分満足させてもらった。

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県岳連総会に参加して

4月13日 大川学園で三重県山岳連盟の理事会と代議員総会が開かれた。私は後者の総会に出席した。昨年度就任された根本幹雄会長の挨拶での幕開けである。

後半に入ると、議論好きな山屋らしく活発な意見で幾分沸騰気味。山岳競技が昨今、スポーツクライミングが主軸になったことから、日本山岳連盟が「日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)」と改名し、全国の支部に名称変更を呼びかけた。全国的にはオリンピックであり、三重県としては国体がその翌年で、それに対応の名称変更である。前回の理事会では計られたようだが、各山岳会での議論が深められないところも在り、それが議題に上程されたからだ。議論は、実と名のバランス問題であり、膨大化する業務をいかにこなすかも含まれた。

11時頃には終了するはずが13時ごろまで延長で、次に移動して出席するはずの別の例会には遅刻となったが、残って聴かせていただくだけの価値ある総会であった。

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偕楽公園、花見客で賑わう

 

45日、学童トムソーヤの子たち100人以上が、近くにある偕楽公園に花見に出かけた。今日の花見弁当は調理の先生方が朝7時前から出勤して作ってくれた特製である。仕事の関係で遅れてスナップを撮りに追いかけたが、子ども達は食事を終えて分散して遊んでいた。何人かと出会ったので、写真を撮ると、「マジックして!」の声が上がった。出かけに2歳児幼児舎用のネタをポケットに入れて出かけたので、これを披露。今は桜とツツジが満開、屋台も沢山出、訪れる花見客で賑わって、子どもたちにとっては気分が高揚している様子。

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   残念なのは、メーン散策路にコンクリートが打たれ、幹周りを守っていない。車道になったその両側の幾分太くなった樹は、総て苔が生えたり皮膚病になって、管理無き公園を思わせる。昭和2030年代の偕楽公園を知る私にとって、公園の周囲が削減されたり、都市改造で道路が通って蓮池がなくなったり、在るべき山が削られたり、改換地として県や民間に譲られたりと極端に敷地面積削減の公園である。江戸時代の藩主藤堂家の鷹狩り用の場所から整備された藩公専用の公園の風格が、今は何処にもないのが残念でならない。

今だけを知る花見客にはこれで満足してもらっているのだろうから、私の思いは余分なのだろう。

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三重テレビとNHK津に三重調理の教員が出演

 

 三重調理専門学校の教員が料理コーナーを担当するTV番組が今春からスタートした。

三重テレビは4月1日よりスタートした「Mieライブ」(月~木17:40~18:55・金17:40~19:15)内で18時半過ぎに始まる「キチキチキッチン」の出演である。毎週金曜日は生放送にて、スタジオ内に設置されたIHコンロを使用し、5分少々で完成する時短料理の実演を行う。初回は岩本岳副校長の出演で始まり、翌日からは大川円教諭担当だが、これは三重調理専門学校の実習室で収録したものである。(掲載写真は収録の様子)

一方、NHK津放送局でも、4月8日スタートの「ちょこっとみえ」(月~金11:50~12:00)内の“旬食みえ”コーナーで、月1回同校教諭が料理番組を担当することになり、初回の放送予定日が4月15日に決まった。

三重テレビの“ニュースわくどき”の番組でコメンテーターとして月2本私が出演していたが、1年前に任期満了と成った。元号が5月から変わる今年から、学園の教員が地元TV出演継承は嬉しい限りである。

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