学校法人 大川学園
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鈴鹿山岳会の忘年会

 1267日、ここ3年ほど仕事の関係で山岳会仲間の忘年会に出られなかったが、今年度は日程良しで参加した。しかも今回は、山屋らしからぬ“湯の山ロッジ”と温泉泊まりである。翌日の山歩きの昼弁当もそこで作ってもらえるとの設定である。仲間と久しぶりに会えるため、張り切って出かけた。着くと、登山帰りの東芝山岳会も同じ宿、忘年会はおのずと互いに行き来の楽しさ倍増の宴となる。

翌日は、運動不足と加齢の私に合わせてもらったようで、神懸からハライドそして南コブ経由で風越峠、そしてネコ岳と笠岳とゆえゆったりでありがたかった。春と夏の北アルプスは単独山行、入道ヶ岳の登山道整備も昨今欠席が続いている。今回は久々に皆とのお喋り山行。初雪にも歓迎されての歩きで、あっという間に時は過ぎた。

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紀州の偉人・・熊楠と中上

 122日に県総合文化センターで、「南方熊楠と中上健次」に関するセミナーが開かれ参加した。熊楠は、明治の巨人であり熊野の地から自らの研究の関連で東京の柳田国男らを動かし、自然環境保全で神社の森を守ったことで知られている。

イギリスの“ネイチャー”にも100本以上の論文を送っている。高野山の土宜法龍管長との書簡をまとめた『南方熊楠土宜法龍往復書簡』を大月出版から取り寄せてその膨大さと深さに驚いたことがある。一方、志摩に住んだ岩田準一との男色往復書簡図書も凄いとこそ表現の仕様がない本だった。

10数年前、和歌山県田辺市の元田辺RCC、今は“こんぴら山想会”と改名した集まりに参加した翌日、熊楠のお墓と白浜にある熊楠記念館を訪れ、完全に魅せられた。

一方、中上健次だが、『紀州木の国根の国物語』・『千年の愉楽』を読んで途方もない人と感じて友に話したところ、世界から見れば三島由紀夫と競う程の日本を代表する作家と知った。以来、随分空白はあったが、今回の企画を知ってすぐに申し込んで参加した。久しぶりに甦る興奮をもたらせてくれた。

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安濃の里山“オズ”で親子ふれあい園外保育

 1110日、大川幼稚園では、年長児と兄弟姉妹も含めた家の方々と一緒に安濃の里山“かぜの森オズ”で親子ふれあい園外保育を楽しんだ。昨日の雨が嘘のようにお日様ニコニコの日となった。

集合は駐車場のある安濃芝生公園。親子でジャンケン列車遊びや綱引きを楽しんだ後、10分ほど歩いて里山に移動。けんちん汁用の大鍋準備隊は里山で、参加者174人分のけんちん汁を煮込んで待っていてくれる。

里山に到着すると、三か所のポイントを周ってカードに印をもらい、その後、思い思いの遊びで家の方々を自慢げに案内である。広場にシートを敷いていよいよお弁当タイム。けんちん汁も全員に行き渡って「いただきます」。子どもたちだけでなく家の方々の中にも、2杯3杯とおかわりする嬉しい姿が見られた。

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運動場に煙を上げての収穫祭の焼き芋とさつま汁

118日、津西幼稚園で“しゅうかくさい”が開かれた。幼稚園専用の安濃の畑で、園児全員で掘ってきたさつま芋が本日の主役である。事前に年長児がさつま芋を洗い、アルミホイルに包んで準備をしてくれている。

運動場の中央に設けた大焚き火での焼き芋である。教員は朝から火の番だが、置き火が出来るまではことに大変な作業である。焼き上がるまで、“やきいもじゃんけん”他のゲーム。そしていよいよ大きな熱々の芋が、一人ひとりニコニコの笑顔の子ども達に配られる。全員に行き渡るまでおあずけだ。「いただきます」でアルミホイルをはがす真剣さとわくわく感の表情が実にいい。真黄色のほかほかのお芋である。

一方、さつま芋・人参・コンニャク・牛蒡・油揚が入った大鍋のさつま汁も運動場で作られている。焼き芋を食べ終えると、運動場にシートを敷き或いはベランダに机を持ち出し、クラス毎におうちで作ってもらったお握りをほおばり、さつま汁での昼食タイムとなる。天候も良く、笑顔も満点の一日であった。

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“こんぴら山想会”の仲間が湯の山温泉に集まった

 116日、和歌山県田辺市とみなべ町の登山仲間で作る“こんぴら山想会”の人たちが、湯の山の“一の谷山荘”にやってきた。徳島県からも1人参加で、7人となった。16時半から始まった酒を伴う夕食は、話題が尽きず21時まで続いた。私が高野山大学山岳部主将になった初年度の冬の富士山合宿、翌年の冬の穂高岳合宿、この2度とも当時和歌山県山岳連盟技術部長であった三木亮さんをコーチに迎えたご縁と、遠山誠之介さんには、和歌山市内で県岳連の理事会が開かれると、時として下宿に泊まらせていただいた。このご縁が、この会に誘ってもらえる所以である。

翌朝一番にロープウエイのゴンドラに搭乗。太陽を眩く浴び、御在所岳山頂公園を散策。再び湯の山温泉に戻って、“ホテル湯の本”で温泉に入浴、昼食中も笑い声が絶えない楽しさ。時間はアッという間に過ぎ、1230分に和歌山県に向かって車で帰られた。1815分に「田辺市に無事到着」の連絡が入った。

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鰯街道実行委員会

 私の子どものころ、祭りには、必ず“いわしずし”が出た。伊勢湾の鰯が使われていることは誰に教えてもらったわけではないが知っていた。津市の白塚に揚がる鰯だった。いわしずしは、広く伊賀地方でも祭りのすしである。

中世の明応の大津波に襲われる以前の伊勢湾産鰯は、阿漕浦が知られていたようだ。『御伽草紙』の一編に「猿源氏草紙」がある。阿漕に揚がった鰯を生に近い形で都に運び、商いし、富豪に成った話である。格違いの上臈にこの鰯商いの猿源氏が恋をし、種々な状況を経て成就した話となっている。津から都まで90㌔の道のりを、駆け足で人をつないでその日の内に届け、人気商品にした「鰯街道」である。

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 大寿司の松田春喜先生がこの話を元に、「いわしの握りずし」を三重県の文化として確り残したいとの思いを持たれた。私が平成13年に発表した三重民俗研究会報を読んでくださり、この“鰯寿司”と“鰯街道”を誇れる文化として、三重県に再普及させ全国に発信させたいと提唱された。今日103日に三重調理専門学校1年生の寿司講習を通し、弟子であり当校の卒業生でもある鮨いの上の井上佳郎講師(亀山市)と共に発会式とされた。

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土嶋敏男展を観て

 今日、927日から122日まで表記の展覧会が三重県立美術館で開かれている。土嶋先生とは35年ほど前、津西高校の教員時代に初めてお会いした。お会いして暫くたったころ、県立美術館の県民ギャラリー展示室で、美術部の生徒50人ぐらいを集め、彼らの作品の真ん中で卒業生の東京芸大現役生に講義をさせていた。現役時代に文化庁事業でドイツに1年間派遣され、のち三重大学教育学部美術科非常勤講師を兼務されていた。退職された翌年に大川学園の子ども絵画教室の講師をお願いした。幼児・児童の造形研究を始めたいのでと引き受けていただいた。先の三重大学のほか皇學館大学教育学部非常勤講師も兼務されている。

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 美術館でいただいた『土嶋敏男』の冊子を開くと、「土嶋敏男は画家でありながら版画家、教育者で有りながら熱心な学者でもある。大きく異なる分野にあえて取り組む土嶋は、両者を同時に深く掘り下げ、互いに浸透・作用させることで、何か新たな次元を求めようとしているようだ」と記されている。人間と文明から何かを先生は訴えての作品なのだろう。何時もそうなのだが、拝見してドキドキしてしまう。その作品の中に、赤子のほっとする作品も加わっていた。

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ストーンアートの御在所岳中道

 923日、お盆以来久しぶりの山登りに出掛けた。といっても、御在所岳への日帰りである。7月に御在所岳を訪れる予定であった和歌山県田辺市周辺の山仲間が、台風で日延べになっていた。その人たちが再度調整をとり、11月に湯の山温泉一の谷小屋に集合と成ったこともあり、小屋主の佐々木さんに会いに訪れた。連絡を入れていなかったため、残念ながら不在で、そのまま中道を上がった。

尾根筋のストーンアートを楽しみながら、2時間のコースを3時間かけて登った。紅葉にはまだ早いが、好天候のためか山頂は多くの人々でにぎわっていた。 調子がよければ裏道を下ろうと思ったが、お盆以来の登山ゆえ、リニューアルされたゴンドラで下山。三交バス停がロープウエイ駅前に設けられていた。ここから新たに完成した湯の山かもしか大橋を渡ってスカイラインコースで近鉄湯の山温泉駅まで出、帰路に着いた。

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松浦武四郎と大台ケ原山の謎

 916日、三重県総合博物館で表題のタイトルで講演させてもらった。ありがたいことに、三重県山岳連盟や鈴鹿山岳会の人たち、またロータリアンたち20有余人を含む100人をさらに超す方々が来てくださり、感謝と感動をいただいた。

講演では、実は、英・仏・米・オランダ・ポルトガルそして露から狙われた日本を、武四郎が植民地化されることから救った話が飛んでしまった。しかし、明治13年以降晩年の話を、子ども時代から各地遍歴そして蝦夷地探索も含めたさまざまな事例で、人間は皆同じだが(平等)総ての人は違って当たり前(差別:しゃべつ)という生き方、現代人よりヒューマニストな姿を語れた。そして、3回の大台ヶ原登山と富士山登山から、信仰の自由の地をこの山に開こうとした武四郎の内心に関わる話も、その段取り段階からさせてもらった。

どの程度伝わっただろうとは、夜一人になって振り返っての反省である。しかし、人は人との出会いの中でその人を育て、時の政府にさえ間違いを後世に反省させるべく布石を置く凄さは伝わっただろうと漠然と感じた。

とにかくどの部分を切り取っても凄い武四郎だけに、今回の企画展に一人でも多くの県民が出向いて、触れ、感じてもらいたいと願う。

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みえのスポーツフォーラム2018

91日(土)三重県総合文化センターで、「三重とこわか国体・三重とこわか大会開催決定記念 みえのスポーツフォーラム2018」が開かれた。知事の挨拶に続いての表彰式では、“地域スポーツ推進特別功労”で、私が会長をさせてもらっている三重県レクリエーション協会の堀川ゆみ子理事が表彰を受けた。

 続く記念講演は、報道ステーションキャスターでロンドンオリンピックで2個の銅メダルに輝いた寺川綾さん。大人のみならず、この会場に来ているスポーツ少年達の心にも響く話だった。その後、三重国体のイメージソングを歌手で松阪市出身の野田愛実さんと、その後輩で全国特別賞を獲得した三重高等学校ダンス部とのコラボで、はつらつとした表現で披露された。

会場に入るとき、小学生の野球チームと一緒になった。津西幼稚園卒園生のご父兄がみえたので、聞くと全国大会で優勝したチームで、メンバーに2人卒園生が混じっていると紹介された。私の「おめでとう」の声駆けに明るい反応があった。

催しの後半にこの子たちが大人に混じって登壇する場面があった。写真を撮ろうと構えたが、端の方でしかも縦に4列ほどで並んだため、私の席から幾分離れていて残念だった。小中学生を出すならもっと前面へ、の配慮の企画が欲しいと感じた。この子たちこそが、国体後の三重県のスポーツ界を背負うからだ。

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