学校法人 大川学園
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今年度初めての実習店舗ピッコロ開店

 4月17日(水)12時、三重調理専門学校2年生担当の実習店舗“ピッコロ”が開店した。新2年生となって初めての開店だが、実に張り切っている。 

 早朝から調理実習室で作成したさまざまなお弁当と、製菓実習室で作ったスイーツ類が並ぶ。有り難いことに、これを楽しみに毎回購入してくださるファンも増え、いつも完売である。…私はピッコロが開店すると、妻との夕食はここのバランスランチ弁当と豆乳味噌汁のセット(1箱650円)そしてカスタードプリン(1個280円)が最近の定番である。学園業務を終えての帰りは、開店日毎に大きなナイロン袋を下げてにこにこ笑顔になれる…調理生の皆さん、今日もありがとう。

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令和6年4月幼稚園入園式

 4月11日、大川幼稚園は9時半から入園式だった。大好きなお父さんやお母さんに手をつないでもらって、にこにこ笑顔が多いが、ややちょっと緊張顔の子もいる。明日登園すると年中児や年長児のお兄ちゃんお姉ちゃんが玄関で待ち受けている…さて新入園のこの子たちはどのような表情をするだろう…。 

 週初めの始業式で、大川幼稚園が28年前から始めている異年齢保育の話を担任の先生がしているので、自分たちも体験した在園児は新入園児の友だちの受け入れに胸を弾ませている。私はそれも楽しみにしている。

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 津西幼稚園の入園式は同日11時から…入口の桜の木々は強風にも散らされず今日も満開で、みんなを迎えてくれた。式が始まる前に新緑のぼくらのお山に入ってみると、ピンク色に染まったつつじが待っていてくれた。ホールに入ると後ろの壁に昨年度のPTAの皆さんが作ってくれた壁いっぱいの壁面が入園おめでとうに変わっていた。

 お天気にも恵まれ、新しい生活の始まりである。

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第63期生三重調理専門学校卒業式

 三重調理専門学校は、全国でも特殊な形で学校が誕生した。昭和33年12月に調理師法が成立し、翌年、県都津市に調理師学校が作れないかと業界の方々が大川学園に相談にみえた。時の理事長が、認可申請書を業界と保健所が作るなら施設は作りましょうとなり、厚生省関連の申請書が完成。認可書は来たが、実は文部省関連の書類が1年遅れ、第1期生は昭和35(1960)年に迎えることとなった。開設申請書はこのため、講師陣は、実技や調理理論は当時の業界の役員、教養は三重大学教授陣、しかし衛生法規や公衆衛生は保健所の方で、学生は業界や県下保健所から送られた人々、と今では想像すら出来ないスタートであった。

 そして当初から高いグレードを求めたことから、サービスマナーの出来る調理師を目指し、日本ホテルレストランサービス技能協会のサービス技能士の資格は全国の専門学校の中でも実に早い段階からチャレンジさせている。今年度卒業する2年生も、調理師免許・製菓衛生師など様々な資格を手にし、調理業界に巣立っていく。

 今日はその祝いに、日本独特の伝統的庖丁式が披露された。

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28年目の最後の卒業式

 3月11日(月)、今年度で閉校となる三重介護福祉専門学校の卒業式が、アスト津4階のアストホールで開かれた。卒業生11名と少数だったが、最後の最後まで実に充実した学びをしてくれた。この学校は、中南勢志摩紀州地区に介護施設は多いが介護福祉士を養成する専門学校が無いことから、平成8年に開校した。特に、県内の社会慣習とこの地域の信仰というか祖先崇拝を理解し、その心で習得する“介護福祉士の養成”を目指した。

 専門分野は専任や講師のプロ担当だが、私は“心のカウンセリング宗教”と、職業人となる“キースキル”を各30時間担当した。開校した平成8年度から10年ほどは新規高卒の学生が大部分であったが、次第に社会人枠を増やし、15年目から全国的ではあったが一気に学生が集まらなくなった。殆どの学校は外国人留学生に切り替えたが、ここは従来通りにこだわったことで、今年度で閉校の運びとなった。三重県知事賞と市長賞は社会人学生だったが、日本介護福祉士養成施設協会長賞と三重県介護福祉士会長賞は新規高卒の学生が受賞した。

 最後まで情熱を持って学生と関わってくれた介護福祉士と看護師の3名の先生たち…後で開いた会議では一気に涙が溢れ…私は、部長も含め4人の教員に本当にありがとうと感謝の気持ちで一杯になった。

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第12回家庭料理大集合”が開かれた

 令和6年2月18日、名張市錦生地区の自治協議会主催で、コロナ等で4年間出来なかった「家庭料理大集合」が開かれた。

 17年前に錦生地区の隣、赤目地区に拠点を置き活躍されていたNPO法人の井伊野さんが、国と県の補助事業でこの地区の協力も得て、会場もこの錦生市民センターで地域の食をテーマで企画した。私はこの時、「三重県の食生活と食文化」で講演をさせてもらった。この時、錦生自治協議会冨山会長がこのまま終わるのはもったいないと、翌年“第1回家庭料理大集合”と銘打ってこれを始めた。

 このブログでも以前紹介させてもらったが、この地域で代々継承してきた我が家の料理が、また新考案料理と混在で並び、これを製作者が一品毎に説明する。そして参加者全員で試食し、互いの交流も深めて地域を元気にし伝統も守る催しとして続いた。この地区だけの独特な雑煮もここで知った。4年振りの開催、これは実に錦生地区でないと復活出来なかったことで、そこに、北川裕之名張市長、中森博文三重県議会議長、もちろん以前からの講師で三重大学名誉教授の磯部由香先生も参加で、地区の皆さんと共に実に楽しい催しとなった。

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“れいわ5ねんど せいかつはっぴょうかい”開催

  令和6年2月10日、三重大学の三翆ホールで、津西幼稚園と大川幼稚園の生活発表会が午前と午後の2部構成で開催された。今年度は、何年ぶりだろう、全園児の演技をご家族の制限もなく観てもらった。生活発表会は、園児たちのこの1年の成長をご家族の方々に観てもらう…そしてご家族にとっては、学年毎の成長もここで確認できる催しである。50年60年と、私が毎年飽きることなく感激させてもらえるのは、彼ら彼女らが毎年個性を全開で成長するその姿に出会えるからだ。

 この時期の子どもたちは、ご家族と先生の導きを素直に、まるで神仏の言動のように素直に吸収することでぐんぐんと成長する。発表会の3日前、園児たちはホールでお友だちをお客様にリハーサルをしていた。そこでも生き活きしていたが、当日はその何倍もの凄い面の表現であった。やはり一人ひとりの心に、おじいちゃんおばあちゃんを含むご家族に観てもらう嬉しさが表れた。

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創業塾講師に調理師科卒業生を迎えて

 令和6年2月2日、三重県信用保証協会との連携事業“創業セミナー”が三重調理専門学校で開かれた。9時10分からは創業への仕組み制度そして金融等の話。11時10分からは卒業生の星野美沙希さんが登壇。商工会議所で保証協会のセミナーを知って受講し、祖父が繋いできた百年続く松阪市粥見(166号線途中)にある製菓店“甲子軒”を継承している。

 配布された22頁の冊子には、調理師科時代の実技や実習店舗ピッコロ或いは料理コンクール出品の写真。事情を話して勤務した菓子店時代の写真、短期間だったが祖父からの受け継ぎ。そして、百年店舗から新店舗建築でのオープンの写真とそれぞれのコメント、制作活動の和洋菓子の数々も紹介されている。映像も交え、司会担当者からの質問形式で始まった。

 学生時代には考えていなかったが、地域の人々からの言葉がけで店の継承を決意。洋菓子専門店での話、開店してお客さんの意見が直接聞こえ、そこに自分の思いを描いて作品を作り、若いお客さんも増えた。結果、以前の1.7倍の人気店に成長した。お爺さんの似顔絵入り“どら焼き”を学生に作ってきての振る舞い…製菓だけでなく貪欲に吸収する一面も出しての話は、後輩たちに伝わっただろう。

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大川幼稚園の誕生会で思うこと

 令和6年1月の誕生会に呼ばれて、喜んで参加した。子どもたちのキラキラした目にいつも元気をもらう。誕生会だけでなくクラスを訪れると、今日は何をしてくれるのと待ち構えである。街中であっても「何かして」と声が掛かれば、人ごみの中でもなんでも即そこでマジックか折り紙で応える。幼児期から小学校低学年の子たちは、今があるだけで「あとで」は断られたのと同じになってしまう。

 今日は誕生会だから、とっておきを披露しようと昨晩準備をした。元々誕生会は曲に併せた動物漫画にギターの弾き語りであったが、「またギター?」の園児の一声で、マジックを一心に練習した。それが年齢を重ねてギターが遠のき、マジックになった。

 園児たちのお陰で、マジックだけでなく、動物漫画の延長で風景画のスケッチも描くようになった。折り紙も特殊なものが折れるようになった。子どもは神様で、仕掛けて来るとこちらもそれに応えようと一心に練習してしまい成長させてくれる。それは子どもたちが頷いてくれるまでちょっと向きになって頑張ってしまうからだろう。

 誕生会のマジックもそのお陰だが、上手になったはずが見破る園児がいる…と、また頑張る私がいる。

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明治・大正・昭和の郷土人…矢守一声(ISSEI )展

 三重県立美術館で“矢守一声展”が、正月10日から2階の常設展示場の一角で始まった。明治37(1904)年に現在の“東京芸術大学”、当時の東京美術学校塑造科に入学、大学院に当たる研究科を出られた陶芸及び彫金家である。30歳半ばで生まれ故郷の三重県津市に帰り、三重県工業試験場に勤務。矢守師の自宅は、津駅西口の今は平地になって無くなったが密蔵院の丘に続く参道沿いにあった。作品の多くは津駅近くにあった“阿漕焼”の登り窯で焼かれた。

 京都の鞍馬寺で天狗の霊感を受けたと伝わる関係か、仏像系の陶芸の多くは、瞼が幾分深くくぼみ、鼻筋が通って幾分高い作品が目立つ。人物系の瞼は幾分膨らみ頭髪に特徴があるが何れも矢守師作と判る。

今回のポスターに使われた“福神像”は、普段は平治煎餅本店でお客さんを待ち受けている。津市立橋北中学校の水難事件で亡くなった36人の御霊供養像“水難三十六童女冥福祈願観音像”は、今も毎日密蔵院の本堂で僧侶の読経を受けている。展示作品には、犬や蟹や果物の写実的で色を付けられたもの、依頼を受けて制作された人物の原寸大の銅像は大戦時の鉄製品の供出強要で姿を消し、台座の写真だけだが紹介されている。今回は、県立美術館の原舞子学芸員のお陰で郷土人にさえ知られない“矢守一声”作品が日の目を見た。

私の家の隣に亡くなられるまで住んで見えた不思議の主(あるじ)だけに、感謝と感動である。

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開園以来続く幼稚園のおもちつき

 令和5年12月1日、大川幼稚園で50年以上続く恒例のお餅つきが行われた。園長先生は稲束を手に「この“いねのほ”しってるかな?。おこめのみ…これをおゆでむして、この“ウス”にいれて、このおもたい“キネ”で、ペッたんぺったんことつくと おもちになります。きょうは、ねんちょうさんに ついてもらいます」との話…すると皆から大々拍手。最初は、里山をいつも整備している長谷川さんが練りこみから始め、ぺったん、ぺったんと音を立てて柔らかな状態まで。その後、年長さんが4人ずつ出て子供用杵で、最後に再び長谷川さんが仕上げると大喝采。出来たてのお餅のやわらかな状態と匂いを子どもたちは順に嗅ぎ…その後、保育室で皿に盛られたお餅を味わった。

 初期から30年間ほどは調理師科学生が園児たちと一緒になって搗いていたが、やがてPTAの方に替わり、コロナで今の方法…体験はするが全員の試食は給食室で別仕立てである。それでも、皆での餅つき体験は笑顔が素晴らしい。

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