学校法人 大川学園
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“津まつり”に両幼稚園参加

台風19号で開催が危ぶまれたが、1013日は晴天で、前日は中止されたが2日目の“津まつり”実施で23万人もの人出となった。八幡さんの行列、“唐人踊り”や“しゃごうま”といった伝統芸能、イベントとして始まった“よさこい”そして“高虎太鼓”等々、さらに大通りに所狭しと立ち並ぶ屋台と賑わった。

その中で、大川幼稚園は鼓笛演奏で国道を含む街中を行進し、津西幼稚園は2か所の特設の大舞台で“よさこい”を披露した。園児たちは、イベントに参加の都度ぐんぐん実力と自信を高め、まるで今開かれているラグビー・ワールドカップの日本選手を思わせる成長で嬉しい限りである。

両園とも年長児全員参加で、どの子も素晴らしい体験をしたのだろう、解散になると夢中になって保護者の方々に何か話しかけている。にこやかに聞き耳を立てるご家族の愛に包まれ、楽しい1日を過ごしてくれたであろう。

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津市の名物“祭り日のいわしずし”

10月4日は“いわしの日”。この日、三重調理専門学校で「いわし街道と祭りずし」と銘打ったイベントを催した。大々的宣伝はしなかったが、興味を持っていただいた89名の方が参加してくださった。

『御伽草子』23編の中に室町後期の作と思われる“猿源氏草紙”がある。「中ごろの事にゃ有(り)けん、伊勢国阿漕が浦に、鰯売一人あり」で始まる面白恋物語である。阿漕浦は安濃津(津市)で、ここの海で捕れた鰯を生の状態で都に運んで富と恋を成就している。

一方で、私の子どもの頃の秋祭りには太巻き寿司、いなりずしと並んで“鰯ずし”が必ず出されたが、最近消えかかっている。しかし三重県の鰯漁獲は今も全国1~3位を保持し、津市白塚漁港はその中心である。だが揚がった鰯の3%も食べられていない。そこで、津市の伝統食文化をもう一度見直してもらおうと、このイベントを企画した。

催しは60分とし、私の話15分、次にすし街道相談役松田春喜氏と津市農林水産部長小畑種稔氏と私の3人での対談を20分、そして調理生が握った“いわしずし”を参加者に味わってもらいつつ質問を受けて終わった。催しは“NHK津の「まるっとみえ」”の中で、三重テレビまた中日新聞・読売新聞・伊勢新聞等の報道と反響を呼んだ。

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三重中学校3期生の同窓会

 9月22日に「三重中学校3期生同窓会」が近鉄大阪線の榊原温泉口から程近い猪倉温泉“ふよう荘”で開かれる案内をいただき参加した。私が三重高等学校に赴任して2年目だったか、中学校の日本史を1年間掛け持ちの命が下ったそのクラスである。1学年1クラスだったため、40名はクラス異動がなく、個性溢れた生徒の集団だが、チームワークは抜群だった。

担当後暫くして気付いたことは、基礎さえ押さえればそれぞれの興味で深めていくことだった。その理由は、小学校時代に本を読んだり勉強癖がついている生徒が多いこととわかった。そこで郷土地誌を組み込んだり、登山の話から日本の四季の自然の素晴らしさを話したり、先人の書いた本を薦めたり、とにかく視野を広めてもらう授業に工夫したことを思い出す。

今回の出席者は、構成員の約半分の20名の参加で、皆さん素晴らしい人生を歩まれてみえたことが判って嬉しかった。とりもなおさず、私と10歳違いゆえほぼ同級生感覚で、楽しいひと時を送らせてもらえた。

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中津軒の「メアべヤ」

 

 津市内の三重会館横に、昭和初期を偲ばせる“レストラン中津軒”がある。9月7日に訪れ、メニューを開くと、スープや魚料理やステーキを始めとする肉料理の中に、「Meyarbeyar メアべア 900円」が組み込まれている。昭和62年頃に中日新聞で県内の飲食店を65回連載した時に紹介した料理である。

取材させていただいた時はアメリカでの修行を終えて店を引き継がれた2代目中田オーナーシェフだったが、現在の3代目も先代の料理を忠実に守ってみえたことが素晴らしいと感じた。明治44年創業というこのレストランに、ハヤシライスに近く、デミグラスソース的味で3種の肉(牛・豚・鶏)と玉葱他の野菜がよく煮込まれ、その上の半熟卵といった、幾分にも不思議な洋食“メアベア”がある。発祥由来は不明だが、最近、名古屋市内のレストランで“ニアビア”と銘打って出され、名古屋が発祥と主張しているものがあると聞く。多分、“天むす”や“みそカツ”と同様、津市の発祥を真似て名古屋が我が地の特産と主張しているのだろう。昭和の終わりに新聞連載をしているとき命名由来が知りたくて、愛知県も調べたが出てこなかった料理である。

 食事をしていてふと顔をあげると、一枚のポスターに目が留まった。私が大学4年生に成ったばかりの5月に開催となった新潟国体に参加した頃に貼られていたポスターだったかである。駒沢陸上競技場と聖火台、そして五輪のマーク、国内聖火リレーコース地図入りで、競技別開催日程と会場案内記載も懐かしいポスターである。これが昭和初期の雰囲気のままのこのレストランに良く似合っていた。

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“日本健康会議in三重”

 

9月6日、県総合文化センターの“フレンテみえ”で、「三重とこわか県民健康会議~日本健康会議in三重~」が開催された。日本健康会議事務局長の状況報告に続き、三重県出身で元バドミントン選手の小椋久美子さんの基調講演、対談は三重県知事と小椋さん。実に2人のやり取りはメリハリと中身が伴った。

 2部は、県医師会、デンソー大安製作所、健康保険協会、玉城町長と先進取り組み事例発表がなされ、壇上に全員集合で決議文を読み上げて締めくくられた。

この集会は、「民間組織が連携し行政が支援し、健康なまちと職場をつくろう」という各県単位で動く全国運動である。三重県の決議文は「常若=とこわか」から、“「と」特定検診・がん検診等健診受診率向上、「こ」こころの健康づくりにとりくみます、「わ」輪・つながりを大切にします、「か」身体づくりのために望ましい食習慣と運動習慣に取り組みます”で、裁決が最後になされた。企業体が主体になって従業員の健康環境を大切にして、人生百年時代を迎える各県単位の取り組みである。

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白馬岳を眺める旅

令和元年8月10日から14日まで、栂池から入り白馬大池経由で白馬岳、その後大雪渓を降って白馬温泉に浸かろうと、出発10日前にJRも山小屋も予約した。だが3日前になって、登山に対しドクターストップがかかった。7月28日のサイクリングで、自らの身体をわきまえず幾分にも無理をしすぎた結果のようだ。一瞬迷ったが、栂池の“丘の上ホテル宮川”で2泊がとれたので、最終の“白馬ロイヤル”を2泊とし出掛けた。

天候に恵まれ、栂池ゴンドラで標高1,829㍍まで上がり、自然公園を散策した。いつもは登山の出発点ゆえ横目で見て知ってはいたが、歩いてみてスケールの大きさに驚いた。浮島湿原近くの銀命水で冷たい沢水を飲んで、途中だが引き返した。高低差はあまり無いが4㎞ほどで、山歩き気分は満喫できた。

白馬に移って、ここではチェックアウトが10時と聞き、最終日に荷物を預けて9時半にホテルを出、ゴンドラとリフトで標高1,850㍍の八方池山荘まで上がった。時間がかなり余っていたため、標高2,035㍍の八方ケルンを経て八方池まで、片道1.3㎞ほどをゆったり散策した。標高の高い白馬の山々はガスで隠れていたが、一瞬、白馬鑓の穂先が顔を出してくれた。ゴンドラを降り、帰りに諏訪神社近くの蕎麦屋に立ち寄った。“むらかみ”だったか、列車で帰る直前になんとも美味しいそばにありつけた。

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津市の水難事故を著した『死の海』を出版

昭和30年7月、津市内の中学生が水泳の授業中に海で36人亡くなるという事件が起きた。10年近く前に我々当時の中学2年生の手で、50回忌を現場となった津市中河原海岸で催した。事件の貴重な資料は、不思議なことに津市教育委員会にも三教組津支部にも残っていない。

『死の海』の著者は大川幼稚園でPTA副会長、翌年に会長をしていただいた後藤宏行氏である。かつて童話作家の松谷みよ子(1925~2015)が『現代民話考5 死の知らせ・あの世へ行った話』に、この事件を津の海の怪談話として発表し、オカルト話として全国に流布してしまった。

10年ほど前に事件の話を聞きたいと、後藤氏から申し出があった。当時それほどご縁は深くなく、しかも日本を代表するオカルト誌『ムー』掲載の取材とあって、理由も述べて固くお断りした。ご縁が出来て再度取材依頼があったが、これは柔らかくお断りした。

同級生の1人の女性が同窓会打ち合わせで集まった時、NHKBSプレミアムで水難事故の問題の怪談話の真相を取り上げたと(後藤氏も番組に関わった)、これを随分高く評価した。後藤氏から真相解明の経過を散歩の途中だがお会いする度に聞いていたこと、また仲間の話もあり、1年少し前だったか三度目の取材申込みに応じた。そしてこれまで私が収集したり、友と勉強会を開いて得た資料もお見せした。以来1年、よくぞ調べられたと敬意を払う作品となって世に出た。

津市立橋北中学校水難事故を題材としたこの『死の海 中河原海岸水難事故の真相と漂泊の亡霊たち』(後藤宏行著・洋泉社・令和元年8月発刊)は383ページに及ぶ著書である。私の実名登場の箇所は、その私に私なら距離をとりたいと思う。しかし、この出版にはその内容から感謝、感謝で、早速書店に10冊注文した。

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サイクリング団体企画に初めての参加

7月28日(日)に開催された「津市民レクリエーション祭“津市民サイクリング”」に参加した。自動車の運転が出来ない私は、家から会場まで自転車で出かけなければならないので、この種の団体企画には初めての参加である。

朝8時10分に家を出て、会場の津市安濃総合支所に8時45分到着。32名の参加だと聞く。アスリートの方だけでなく、子ども達も幾人かいてほっとする。

 出発すると足慣らしの為だろう、最初のポイントは5キロ先で日本最初の国語辞典『和訓の栞』を作成した谷川士清宅。これより国道23号線に沿う旧参宮街道を経、江戸橋から三重大学裏に出、海辺道路を白塚港辺りから西に国道を横切って河芸の本城山青少年公園にある禅宗の円光寺。ここで昼食と長時間休憩。

 午後は中勢グリーンパークのある安濃津台を横切って伊勢別街道に出、さらに出発点に向かう。伊勢自動車道を潜ったあと亀山安濃線に出るつもりが、幾分南の中勢ゴム会社のところに出、曽根橋を通って集合地点にたどり着く。

家に帰って地図を開くと、ほぼ50キロコースで、私には幾分ハードであった。到着登録をと思いつつ何故かボーッと受付が見付けられず、集合地点前の安濃温泉入り口の木陰で20分ほど体調を整えてから、湯に浸って汗を流した。関町か松阪市の片道20キロ圏内往復をしている私には、天候のこともあるだろうが、プラスの10キロ、これがオーバーワークと悟ったサイクリングだった。

私と年齢的に変わらないのにお元気な方が見えた中で、主催者にはご迷惑をお掛けした。

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全国から坂口フェスに集う

 

 第17回坂口フェスティバルが7月12日~14日、信州上田市の菅平高原を中心に開かれた。私は2日目“ダボスの丘トレッキングコース”を選んだ。スイスのダボスと姉妹都市提携から名付けられたそうだが、元々牧場跡で花の種類の多い丘である。前日の勉強会講師の“やまぼうし自然学校”代表の加々美喜代さんがトレッキングリーダーも担当された。人間も動物なので自然から受ける感性は云々・・そして、経済学者のヘッグマン博士が提唱された「非認知能力」を養うのに自然界遊びが最適と語られた講師である。最終日は雨のため、皆さんに迷惑をかける可能性があるので、禅宗安楽寺での座禅の後、信州の鎌倉の異名のある塩田平観光に変更させてもらった。

真言宗智山派の前山寺、同中禅寺とその中間の神社にも樹齢500年とか800年のものが育ち、当然、建物も境内全体にその風格は訪問を充分満足させてくれた。最後に訪れた御柱祭のある生島足島神社では、赤子や幼子を伴った家族が幾組も訪れ、子孫繁栄の地域信仰の拠点を肌で感じることが出来た。信仰心が幾ら強いと言っても、人口の少ないこの地域で何故これらの寺社保存が可能であったか地元の案内人にたずねた。

 さてさて、今回の企画も、事務局長野県の限りないもてなしの凄さで、初日の参加者選抜の真田十勇士の衣装も持ち物も全て手作りでと、年々の進化には感動を越える。この紙面を借りて、何事にも配慮有る事務局の方々に深くお礼を申し上げる次第である。

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6回目の中学校同窓会

令和元年6月30日、津市橋北中学校第9期卒業生の第6回同窓会を都シティ津で開催した。実に55名が集まってくれた。出席率は同期生の25.3%で、78歳だが元気な人たちが多いといえる。津市在住者は50.9%で、県外からの参加者は16名で29.1%が駆けつけてくれたのだから嬉しい。

私たちが中学2年生のとき、橋北中学校水難事件といって、学校行事の水泳で36人が亡くなった。事件が起きて半年後、3年生になった時、多感な私たちの置かれた環境は一変し、全員の先生が入れかわった。そうした中での青年前期ゆえ、仲間意識は強く、時として会いたくなる。第1回目の同窓会は、慰霊の23回忌を催した翌年で、以来、今回で第6回目となる。

13時に記念写真を撮り、同級生の現役ソプラノ歌手の披露から始まり、16時まで賑やかで楽しい宴となった。場所を隣の部屋に移した二次会には、30幾人かの参加があり、17時30分まで続いた。とにかく何処にそんなに話すネタが沸いてくるのか判らないが、語りに語り合った。

来年は数えで傘寿、次の開催は何時?と幾人かに問われても、5年後とか10年後を言えない年齢になった。

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